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【報告】共生のための国際哲学基礎論VI「哲学としての現代中国」

2009.01.20 中島隆博, 高榮蘭, 宇野瑞木, 李英載, 文景楠, 哲学としての現代中国

中期教育プログラム「哲学としての現代中国」の一環として、7月まで行われた「中島隆博+ジョエル・トラヴァール ジョイント・セミナー」に引き続き、「権力と表象」という共通のテーマのもと各自の発表を行っている。

10月28日 高榮蘭(UTCP)
「共闘」の場におけるジェンダー編成

1950年5月1日、皇居前の「人民広場」で行われた、第21回メーデーのポスターを手がかりとするものであった。そもそも、50年メーデーは、「人民広場」における最後のメーデーであり、60万人参加という「戦後最大の盛んなもの」(『朝日』5・2)になった。52年5月1日が「血のメーデー」として記憶されていることからわかるように、第21回メーデーを境に、労働運動をめぐる状況は大きな変容を見せることになる。まず、50年のポスターに、衰弱しきった子供を抱いている「母」が描かれ、その「母」を、「戦争反対」「植民地化反対」「民族独立」「全面講和」などの言葉が囲んでいることに注目した。本発表は、この戦争反対のポスターが、朝鮮戦争の勃発前のものであったという歴史的時間を意識しながら、文字言語と図像が交錯しながら、同じ紙面の上に作り上げる「母」の表象を手がかりに、この時期の「共闘」の場におけるジェンダー編成について考えたものである。

11月11日 李英載(表象文化論博士課程、UTCP)
皇軍の愛、なぜ兵士ではなく彼女が死ぬか

1943年の朝鮮で徴兵制の実施を記念するために作られた映画『朝鮮海峡』を題材にし、徴兵制と国民の資格の問題を探ってみた。徴兵制、義務教育、参政権。新しい国民たち、あるいは新たに国民になるために植民地朝鮮人は一挙に近代国家の原理に直面した。そのとき、ある被虐のメロドラマが浮上した。一体これは何を意味しているのか。李英載の分析によると、それは女を待たせる資格を持つことになった男達の物語であり、一方ではそのように男を待つことによって漸く国民の資格を持つことになった女の物語である。そのような構造は徴兵制の大韓民国のなかで続くわけで、また被虐のメロドラマも続いていく。

12月2日 宇野瑞木(表象文化論博士課程、UTCP)
董永説話の雲の表象をめぐって

12月2日の担当者であった宇野は、「董永説話の雲の表象をめぐって」と題し、中国の古代以来今日まで民間文芸に広く流布した、孝子と織女の異類婚姻譚である董永説話のイメージを扱った。本発表では特に、董永図の織女が乗る雲のイメージの変遷から、そこにいかなる聖なるもの、超越的な存在が表象されていたかを検討し、説話を支えた思想的コンテクストの変容を読み出すことを試みた。今後、六朝期から唐代にかけての儒仏道思想の流れの中で、雲気と雲のイメージがどのように生成・変容していったか(仙人像の成立と山水画の生成過程、さらに仏教思想の影響)を整理し、説話イメージとの文脈の共有について考察していく予定である。

12月9日 文景楠(ムンキョンナミ、MOON Kyung-Nam)、比較文学比較文化コース修士課程
道徳・命題化・世界 - 道徳判断の分析から -

本発表においては、長らく続けられてきた宗教的もしくは社会的な価値から道徳を基礎付けようとする試みが大きな困難を伴わざるを得ないことをまず示し、それらに対抗して道徳命題の分析から「道徳は自らを基礎付ける」という主張を検討した。さらに、道徳命題の身分を発生論的に考察することで、それが社会や個人の意識の中で機能するメカニズムを全体論的に把握し、自然化に陥らない反自然的な道徳の様態を素描することを試みた。

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