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【報告】UTCPワークサロン「政治化する思考をめぐって」 UTCP 2008年4-12月の活動記録

2008.12.31 中島隆博, 小林康夫, 西山雄二, UTCP

12月25日、UTCPワークサロン「政治化する思考をめぐって―2008年を総括する」が開催され、UTCPの活動を牽引してきた小林康夫と中島隆博が、その今年度の活動を振り返りながら、「政治と哲学」の問題を総括系に討議した。

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前半は約100枚の映像スライドに適宜コメントを加えながら、2008年4-12月のUTCPの全活動を振り返った(本ブログ末尾に活動記録を掲載)。UTCPでは、大規模な学術的催事を開催するのではなく、招聘研究者とお互いに「顔」のみえる関係を構築することを目指している。実際、UTCPの催事の参加者は10-60名ほどであり、むしろ小・中規模のイベントが企画されてきた。世界的に著名な研究者をお呼びして御高説を拝聴するのではなく、たとえ無名でも若手でも、生涯に渡って研究交流できるパートナーと出会うことが(とくに若手研究者には)重要だからである。

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まず、小林氏が「2008年は決定的な年となることだろう」と口火を切る。サブプライム・ローン問題に端を発する金融恐慌は世界経済を震撼させているからだ。グローバル資本主義の運動は世界を「一般化された競争」(戦争状態)に陥れているが、この困難な時代においてこそ「共生の哲学」を思考し直す意義がある。

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次に、中島氏が3月のニューヨーク遠征のときの挿話を引きながら応答する。NYの街に降り立った両氏は「時代」概念を問い直す必要性を感じ、それと同時に、「終末」の問いをも考慮しなければならないという予感を抱いたという。実際、金融破綻によって金融資本への信頼が払拭された現在、私たちは「現実の底が抜ける感覚」を抱いているのではないだろうか。

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そして、両氏の対話は問いの強度を保持し続けることを優先しつつ、異なる文脈を荒削りに接続しながら間断的な仕方で続いていく。

マルクス主義以後の歴史哲学の展望とは何か。「ユダヤ的なもの」の思考が来たるべきものにつねに場所を空けておく思考だとすれば、否定性を含んだ歴史‐世界しか構想されえないのではないだろうか。否定的な理念性を保留したまま展開される政治を「否定政治学(Politica negativa)」と呼称するならば、世俗化された超越的審級なしに政治を思考することは、つまり「肯定政治学(Politica positiva)」を構想することはいかにして可能だろうか。それは人間が人間を内在的に問う思考であり、それゆえ、人間が何に呼びかけられ、何に応答するべきかという責任の問いを、さらに言えば、「自分には責任がないものに対する責任」の問いを本質的に含むだろう。

このように本ワークサロンは来2009年のUTCPの方向性を示唆する討論となった。UTCPは来年も引き続き、国内外の研究者とともに実りある研究教育活動を国内外で展開していく予定である。UTCPの催事は原則的に無償で誰に対してもつねに開かれている。その内容は過度に専門的でも、過度に入門的でもなく、意欲があれば学部学生でも一般の方でも参加は十分に可能である。

できるだけ多くの人々が、この困難な時代を共に生き、共に思考し、共に希望を見い出すための「現場」を提供すること――こうした責務を自覚しつつ、UTCPのメンバー一同、来年も奮励努力していくつもりです。

ただ、学術的催事をいかに入念に準備し、いかに魅力的に告知し、いかに適切に実施しようとも、とどのつまり、知の「現場」は共に思考しようとする人々の力と意志と信がなければ生起しません。

末筆となりましたが、登壇して発言された方、直接会場に足を運んでくださった方から自宅でウェブ・ページを閲覧している方に至るまで、2008年のUTCPのイベント(出来事)に「参加」していただいたすべての人々に心から感謝申し上げます。

(文責:西山雄二)


【UTCP 2008年4-12月の活動記録】

1)海外での国際シンポジウムの開催および参加
(計17回 UTCPメンバーによる参加のべ12名)

「バリローチェ国際哲学会議第9回「メタ哲学」」@アルゼンチン
「大学の哲学 合理性の争い」@アルゼンチン国立図書館、ブエノスアイレス
「哲学と教育第3回 哲学への権利」@高等師範学校・国際哲学コレージュ、パリ
「第22回 世界哲学会議」@ソウル国立大学、韓国
「ニューロエシックス・ソサイエティ第1回年次大会」@ワシントンD.C.、アメリカ
「第3回 国際現象学会」@香港中文大学、中国
「中国の伝統的倫理観による近代の考察」@台湾大学、台湾
「魯迅と現代の中国文化」@上海華東師範大学、中国
「21世紀における日本と中国の哲学の可能性を構想する」@香港教育学院・香港中文大学、中国
「コンテクストのなかのラカン―精神‐分析と記憶の政治」@台湾大学、台湾
「フランス語哲学会連合 第32回大会」@カルタゴ、チュニジア
「人間の身体をめぐって」@パリ第7大学、フランス
「第12回 東アジア科学史国際会議」@ジョンズ・ホプキンズ大学、アメリカ
「小林多喜二記念シンポジウム」@オックスフォード大学、イギリス
「暴力の記憶と小説の現在」@オックスフォード大学、イギリス
「境界線を越えて―韓国の植民地時代末期の文化」@ヨーク大学、カナダ
「帝国とネイションが交差する近代朝鮮」@漢陽大学、韓国

2)日本国内での国際シンポジウムの開催(3回)
「共生のための中国哲学―台湾研究者との対話」
「21世紀国際ライシテ宣言とアジア諸地域の世俗化」
「トランスアクションとしての医学と他律的近代化―ドイツ、日本、コリア、台湾」

3)日本国内でのシンポジウム・ワークショップの開催(9回)
「いま、共生の地平を問う」
「雑草・空隙・風流―彫刻家 須田悦弘との対話」
「エンハンスメントの哲学と倫理―脳神経科学と人類の未来のあり方を問う」
「大学の名において私たちは何を信じることを許されているのか」
「『脳神経倫理学の展望』合評会」
「レオ・シュトラウスのアクチャリティ」
「生/性と権力の制度を読み解く」
「権力と表象(1):イメージの作法」
「集合知、あるいは、新自由主義の文化的論理」

4)海外研究者によるセミナー・講演会(のべ28回)
ムハンマド・サレー、吉本光宏、フィリップ・バックレイ、ペーター&アニタ・ミュラー夫妻、アクセル・シュナイダー、マリー=アニック・モレル、ドミニク・レステル、エゼキエル・ディ・パウロ、チャールズ・シェパードソン、ジョエル・トラヴァール、ジェシー・プリンツ、モイシュ・ポストン、フランソワ・ラロック、ピエール・バイヤール、佐藤将之、ジャン・ボベロ、フレデリック・ケック、フランソワ・アルトーグ

5)国内研究者によるセミナー・講演会など(12回)
池上高志、石原孝二、大貫隆、石川文康、西山雄二、森田團、大竹弘二、國分功一郎、早尾貴紀、ほか

6)中期教育プログラム(計4本)の活動概要

第1部門 「脳科学と倫理」(信原幸弘 担当)
昨年度に引き続き、脳科学と社会をめぐる哲学的・倫理的な問題を議論するために、「セミナー3: プリンツ(Jesse J. Prinz, The Emotional Construction of Morals)を読む」、「セミナー4: ベシャラ(K. Burns and A. Bechara (ed), Decision Making and Free Will: A Neuroscience Perspective)を読む」を実施。7月、実際にプリンツ教授を招聘し、一般向けの講演会から若手研究者の発表からなる小規模セミナーまで6日間に及ぶ連続プログラムを成功させた。11月、信原幸弘や中澤栄輔ら4名はワシントンDCでの「ニューロエシックス・ソサイエティ第1回年次大会」に参加し、各々の関心に沿ってポスター発表を行い、UTCPの脳神経倫理学に対する取り組みを紹介した。また、若手研究者の主導による「エンハンスメントの哲学と倫理」プログラム、Tokyo Colloquium of Cognitive Philosophy (TCCP)も併催され、第1部門の活動に多層的な厚みを加えている。信原幸弘・原塑の編集によって、脳神経倫理学の全体的な展望を描く待望の書『脳神経倫理学の展望』(勁草書房)も刊行され、9月に合評会も開催された。

第2部門 「時代と無意識」(小林康夫・原和之 担当)
歴史的時間性を実存者にとっての根源的な経験として考察し、実存と時間とがロゴスにおいて調停される「歴史の哲学」を探究するプログラム。PD研究員の森田團・大竹弘二による「歴史哲学の起源」プログラムと合同演習の形をとることで、今年度はハイデガー、ベンヤミン、シュミット、ディルタイ、レオ・シュトラウス、リオタール、ブルーメンベルク、カントなどが議論の俎上に載せられ、濃密な議論が展開された。2008年はパリの68年5月革命から40年、イスラエル建国から60年の節目だが、これらの歴史的契機とその諸問題を討議する会も企画された。7月、モイシュ・ポストン教授を招聘し、近代の世界像の根幹をなす「資本」の問題を多角的に議論する連続講演会を開催した。同部門の枠で、7月、原和之はチャールズ・シェパードソン教授を招聘し、『アンチゴネー』の精神分析的な読解に関するセミナーを開催した。また、11月、パリで国際フォーラム「哲学と教育第3回 哲学への権利」が開催され、フランス、イタリア、アルゼンチン、日本の研究者によってグローバル化時代における高等教育制度の問題と展望が討議された。

第3部門 「哲学としての現代中国」(中島隆博 担当)
夏学期はジョエル・トラヴァール教授を招聘して、毎回ジョイント・セミナーを実施し、おもに近代中国および日本における儒教復興(「古典回帰Classical Turn」)の現象を批判的に考察しつつ、政治と宗教のダイナミックな動きをアクチャルな視座で分析した。5月には、アクセル・シュナイダー教授によるセミナー「中国の保守主義:歴史、ナショナル・アイデンティティ」が開催された。7月、国際ワークショップ「共生のための中国哲学――台湾研究者との対話」がおこなわれ、台湾大学哲学系を中心とした第一線の研究者をお迎えし、UTCPの根本テーマ(文学、心、宗教、時代)をめぐって議論が交わされた。第3部門の枠内で「日本思想セミナー」も継続的に実施されており、海外の秀逸な日本思想研究者と交流できる貴重な場となっている。中島隆博もまた、台湾、上海、香港で開催された国際会議に参加することで、東アジアにおける哲学の共同研究のネットワークを拡充した。3月に開催した国際ワークショップの成果が『中国伝統文化が現代中国で果たす役割』(UTCP Booklet 5)として刊行された。

第5部門 「世俗化・宗教・国家」(羽田正 担当)
世界全体で同時に生じている宗教復興の現象を分析し、近代国家の根幹をなす世俗化の原理との関係を考察することで、共生のための宗教の新たな語り口を模索するために今年度から開始されたプログラム。学期中のセミナーでは、「世俗」「宗教」「国家」などの諸概念の成立が、西欧近代の時代経験や西欧と非西欧の歴史的緊張関係を踏まえつつ、日本語、ヨーロッパ諸語、中国語、アラビア語などの諸言語に即して検証された。5月、ペーター&アニタ・ミュラー夫妻を招聘し、ドイツにおける宗教と世俗化に関する講演会が開催された。11月、世俗化に関する研究の第一人者であるジャン・ボベロ教授を招聘し、シンポジウム「21世紀国際ライシテ宣言とアジア諸地域の世俗化」を開催し、フランス、日本、中国、インドにおける「世俗化」の現状や意味が討議された。第5部門と連動して「イスラーム理解講座」が実施され、飯塚正人、中村覚、クラーク・ロンバルディ氏に講演していただいた。同部門の枠でワークショップ「生/性と権力の制度を読み解く」も開催され、ジェンダーと権力の関係が議論される画期的な会となった。

7)日本思想セミナー(のべ9回)
ミシェル・ダリシエ、トマス・カスリス、ヴィレン・ムーティ、樹本健、クリスチャン・ウル、マイケル・マラ、島村輝、西山雄二

8)イスラーム理解講座(3回)
飯塚正人、中村覚、クラーク・ロンバルディ

9)外国語コース(のべ5回)
アカデミック・イングリッシュ(ヨリコ・オオトモ、ヴィレン・ムーティ)
アカデミック・フランス語(西山雄二、藤田尚志、ミシェル・ダリシエ担当)

10)短期教育プログラム
「哲学と大学」、「歴史哲学の起源」、「エンハンスメントの哲学と倫理」、「イメージの作法」、「現代芸術研究」、「インターメディアリティへの接近」

11)共催イベント(11回)
「新入生歓迎講演会 脳と主体をめぐる鏡の国の冒険」
「うまくいく」ことの倫理と技術―『Disposition: 配置としての世界』
「世俗化する宗教」
Tokyo Colloquium of Cognitive Philosophy (TCCP) など

12)出版物(単著、編著、翻訳書のみ 計9冊)
・Tetsuya Takahashi, Can Philosophy Constitute Resistance ?, Collection UTCP 5
・Takahiro Nakajima et al., Utopia: Here and There, UTCP Booklet 4
・中島隆博編『中国伝統文化が現代中国で果たす役割 』、UTCP Booklet 5
・大貫隆『グノーシス 「妬み」の政治学』、岩波書店
・信原幸弘・原塑編『脳神経倫理学の展望』、勁草書房
・田中純『政治の美学――権力と表象』、東京大学出版会
・李英載『제국 일본의 조선영화-식민지말의 반도 : 협력의 심정, 제도, 논리〔帝国日本の朝鮮映画〕』、現実文化研究
・『イラン・パペ、パレスチナを語る――「民族浄化」から「橋渡しのナラティヴ」へ』ミーダーン〈パレスチナ・対話のための広場〉編訳、柘植書房新社、2008年
・ジョナサン&ダニエル・ボヤーリン『ディアスポラの力――ユダヤ文化の今日性をめぐる試論』赤尾光春・早尾貴紀訳、平凡社

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