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UTCPイスラーム理解講座第7回 “Islamic Law, Human Rights and the State: The Case of Contemporary Egypt”

2008.11.06 諫早庸一, イスラーム理解講座

10月21日、第7回イスラーム理解講座が行なわれた。今回は、ワシントン大学のクラーク・B・ロンバルディ氏を迎えた。題名は “Islamic Law, Human Rights and the State: The Case of Contemporary Egypt” であった。

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  ロンバルディ氏の関心は、今日のムスリム諸社会おける国家法体系の再イスラーム化への潮流、特に「イスラーム審査(Islamic Review)」と呼ばれるものの勃興にあった。その状況を目の当たりにするなかで、幾つかの疑問が生じてくる。イスラーム審査を新たに推進している原動力は何なのか。如何にして諸法廷は国家の法律の非イスラーム性を判断するのか。イスラーム審査はイスラーム諸国家における法体系と市民の生活に大きな影響を与えてきたのか。

  氏は、とりわけ最後の問いが重要なものだと語る。世界中のリベラルで進歩主義的な人々は、イスラーム審査の実践がほぼ間違いなくその国の経済発展や人権の享受に悪影響を及ぼすであろうと主張してきたからである。しかし、エジプトにおいては、事態はそうならなかった。イスラーム審査の動きはむしろ人権を擁護する方向へと向かい、法廷が非イスラーム的であるとして破棄した法律は往々にして、非リベラルな法といえるものでもあったのである。このような事態は如何なる文脈の下で生じることとなったのか。それを理解する前提として、氏はまず古典期のイスラーム法解釈についての解説を行ない、そのあとで近代になって現れた新たな解釈方に言及した。

  古典期においてイスラーム法は、聖典―クルアーンとハディース集―の考証(イジュティハード)もしくは、それ以前に為されたイジュティハードに基づいて解釈され、法解釈が許されるのは、このような文献考証のディシプリンを会得した限られた人間だけであった。しかし19世紀、世俗化や近代化への流れの中で、上記のような古典的・「正統的」なイスラーム法解釈とは異なる部分のある、新たな解釈の手法が出てくる。そのなかでも特に、ラシード・リダーのものとアブドゥル・ラッザーク・アッサンフーリーのものとが後世へ影響力の点で際立っていた。リダーは法解釈を古典期と同じく聖典解釈から始めるべきだとしたが、解釈を行なう人間を古典的法学者に限定しなかった。さらに聖典解釈が適用できない領域においては、功利主義的な論理に基づいて解釈することを是としたのである。いっぽうサンフーリーは、リダーによる如何なるムスリムも法解釈の能力をもっているとの考えには反対したものの、法解釈は古典的・考証主義的手法には依らず、人間の幸福に鑑みて、より理性的に解釈されるべきだとした。

  1960年代から70年代にかけて、これまでの世俗化の潮流に反してイスラーム主義諸政党が力を持ち、1980年にはイスラーム法の原則が立法の中心となるに至る。しかし、その判事が古典的な法学者(jurist)ではなく、西洋へ留学した者やロースクールを卒業した者(judge)であった最高憲法裁判所によるイスラーム法の解釈は、リダーやサンフーリーの手法に基づいて為され、それを通じて正義と社会福利の実現が目指されたため、イスラーム審査は、懸念された財産権や人権の侵害を行なうことは無かったのである。

  エジプトでは、古典的イスラーム法論理から離れた、功利主義的かつ主体的なイスラーム法論理が生まれた。そして、近代的手法を用いて公共の福利をリベラルに理解する司法の手にイスラーム審査が委ねられたのである。イスラームの歴史や近代エジプトにおけるイスラーム法理論の発展、そしておそらく最も重要なこととしてエジプト司法の性質を理解すれば、この種の流れに驚くことは無いのである。そう言って、氏は講演を締めくくった。

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  その後にまず、司会の羽田氏から2点の問題提起があった。1つ目は、近代エジプトの例を見れば、イスラーム法というものが刻々と変化しているのは明らかであるのにもかかわらず、我々が知っている「イスラーム法」についての知識は、そのほとんどが古典に関するものだけであり、これは問題なのではないかというものであった。そしてもう1つ、古典的なイスラーム学という学問が現代世界を理解するためには殆ど役に立たなくなっているなかで、我々はロンバルディ氏が示したような新たな研究方法、見方を身につけねばならないとの言及があった。

  質疑応答では、具体例として挙げられた離婚をめぐっての法解釈についてや、スンナ派のエジプトにおける事例に対してシーア派で「古典的宗教者」によって革命が為されたイランの事例はどう理解すればよいのかとの質問、さらに古典回帰はあるのかといった問いや利子を禁じるイスラーム金融に絡めた質問まで、多岐にわたる議論が展開され、イスラーム法に対する理解をより深める結果となった。

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【文責 諫早 庸一 (UTCP若手研究員)】

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