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中期教育プログラム「脳科学と倫理」セミナー(4)第10回(最終回)報告

2008.10.16 └セミナー4:ベシャラを読む, 西堤優, 脳科学と倫理

中期教育プログラム「脳科学と倫理」セミナー4では "Decision Making and Free Will: A Neuroscience Perspective (Kelly Burns and Antoine Bechara [2007], Behavioral Sciences and the Law, 25: 263-280.)" を講読しました。今回はいよいよ最終回、セッション10の報告です。

Loss of Willpower

【本文要約】
熟慮的システムの機能不全
  熟慮的システムの機能不全によって、長期的にみて悪い決定を回避するようにバイアスをかけるソマティック状態が生成されない。

  例)熟慮的システムの機能不全は、ギャンブル課題に取り組む正常な被験者と、両側性に前頭葉を損傷した患者の皮膚反応の比較によって示唆される。正常な被験者の場合、悪い組のカードをめくることを考えただけで皮膚反応が見られるが、両側性に前頭葉を損傷した患者にはこの皮膚反応がみられない。すなわち、患者たちの熟慮的システムは、悪い決定を回避するようにバイアスをかけるソマティック状態を生成していないのである。薬物依存患者でも同じ結果が得られた。

  また、熟慮的システムの機能不全によって、知覚衝動や行動衝動の制御不能が帰結することもある。

  例)知覚制御に欠陥のある薬物依存患者は、服薬について考えることを抑制できない。
  例)行動衝動の制御に欠陥のある患者は、考える暇もなく直ちに薬物刺激に反応してしまう。この種の患者が行動衝動の制御に関して、確かに欠陥をもつことは、ストップ信号課題で明らかになった。この課題では、刺激の変化に対する被験者の反応時間の違いから、衝動制御のメカニズムの機能的状態が推測される。たとえば、被験者は提示された右向きと左向きの矢印に反応するように求められるが、しかし、矢印の色が変化したときには反応を抑制しなければならない(ストップ信号となるこの色の変化は、予測できない仕方で起こる)。薬物依存患者の場合、正常な被験者よりも色の変化のない矢印に対する反応時間は短かいが、色が変わるストップ信号に対する反応時間は正常な被験者よりも有意に長かった。これは、薬物依存患者が衝動制御に関わる問題を抱えていることを示している。

衝動的システムの機能不全
  衝動的システムが報酬刺激に対して過度に大きなソマティック反応を引き起こすことがある。その結果、正常に機能する熟慮的システムにとってさえ、行為を抑制する(意志力を発揮する)ようにバイアスを掛ける身体反応を生成することが極めて困難になる。このような事態を、衝動的システムの過活動により意志力の遂行が「ハイジャック」される事態、と特徴付けることができる。この場合、意志を導いているのは前頭前皮質ではなくて、扁桃体の活動である。
例)多様なギャンブル課題により、薬物依存者は報酬に対して過敏になっていることが示された。ひとつの実験(Bechara, 2003, 3004)では、報酬を予期したときの薬物依存患者の皮膚反応の強度は健常者よりも強く、また、罰を予期したときの反応強度は相対的に弱いことが示されている。


【講読に際して議論された点】

  • ここでは、熟慮的システムが正常に機能しないために、衝動的システムが目先の利益に引きずられることを制御できないことが指摘されている。しかし、衝動的システムが目先の「不」利益に引きずられ、それを制御できないということはないのか、という疑問が出された。また、「利益を得たい」という欲求(例:200ドルの利益を得たい)と、「損をしたくない」という欲求(例:1000ドルの損失を免れい)には違いがあることが指摘された。

  • 脳損傷患者と薬物依存患者の行動の類似性は、機能不全に陥っている脳部位の共通性を示唆するが、その部位がどのように機能不全に陥っているか、つまり損傷しているのか、それとも神経伝達物質の働きに異常があるのかといった点でも共通であることを示唆するわけではないということが補足された。

  • 報告者: 西堤優(UTCP共同研究員)

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