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【学会参加報告】 科学基礎論学会 筒井晴香個人発表

2008.09.03 筒井晴香

 去る6月21・22日、東京電機大学にて、科学基礎論学会2008年度総会・講演会が行われ、私は講演・ポスターの形で個人研究発表を行いました。以下でその内容と得られた成果について報告いたします。

 私の発表題目は『D・ルイスの慣習概念と高階の予測』です。本発表は、D・ルイスの慣習理論における大きな特徴である高階の予測という要素が、理論の中でいかなる役割を果たしているのかを、心の哲学における解釈主義の主張との関連づけにより明らかにすることを試みたものです。

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 デイヴィド・ルイスがConvention: A Philosophical Study(1969)において示した慣習理論は、慣習に関する哲学的研究として最も代表的なものです。ルイスはこの理論において、合理的行為者の間に慣習が成立・存続する過程を、行為者間の高階の予測を鍵に説明しています。この理論において慣習とは、集団内に協調の達成という形で利益をもたらすが、必ずしもその特定のやり方に従う必然性はないような規則性として特徴づけられます。例として、道路の右側通行はスムーズな通行の達成という利益をもたらしますが、右側を通ることに必然性はなく、左側でも構いません。そして高階の予測とは、他者の予測に関する予測のことです。ルイスは、慣習の成立・存続において、行為者どうしが互いの考えや予測の内容を斟酌し合って行動することが肝要だと説明しているのです。

 このようなルイスの理論に対し、マーガレット・ギルバートの指摘により次のことが明らかになります。即ち、ルイスの慣習が成立・存続するためには、実は高階の予測だけでなく「他者が前例に端的に従う」という予測が不可欠となっているのです。この指摘は妥当なものと考えられますが、上記のような予測が成立するとすれば、わざわざ他者の考える内容を斟酌せずとも、全員で一定の規則性に従い続けることが可能になってしまいます。つまり、高階の予測は慣習の成立・存続にとって必ずしも必要なものではないということになります。

 ルイスの慣習理論における大きな特徴である高階の予測が、実際には役割が不明瞭であり、慣習理論にとって不必要なものにも思われるという問題を受けて、本発表では高階の予測がルイスの理論において果たす役割の解明を行いました。具体的には、心の哲学における解釈主義の主張に基づき、高階の予測は、行為者達が互いの慣習的行為を合理的行為として解釈するために必要なものとして位置づけられることを明らかにしました。

 ルイスの慣習理論は、単なる自然の規則性とは異なる、合理的行為者に特有の規則性のあり方を捉えたものと言えます。このような理論に対し、慣習を合理的なものとして捉える事が適切かどうかと問うことが可能です。実際に、ルイスを批判して合理性に訴えない慣習概念を提唱しているルース・ギャレット・ミリカンのような論者もおり、このような立場との比較においてルイスの慣習概念の妥当性を検討していくことが今後の課題と言えます。


 発表後の質疑応答やポスターセッションにおいては、沢山の質問・コメントをお寄せ頂きました。以下にその一部を挙げておきます。

・高階の予測の役割は、むしろルイス慣習における重要な要素の一つである共通知識(common knowledge)との関連において捉えられるべきではないか。
・自閉症患者は高階の予測ができないと言われている。自閉症と慣習の関係という方向へ研究を広げていけるのではないか。
・前例に端的に従う振る舞いは十分合理的なものであるように思える。高階の予測という要素なしでも、慣習を合理的なものとして特徴づけることは可能ではないか。

 三番目の質問には、本発表では取り上げることのできなかった、合理性とはいかなるものかという問題が関わってきます。これはルイスやギルバート、ミリカンらに見られる対立の根底にある問題と言えます。本発表では煩雑さを避けるため、論点を高階の予測の役割に絞りましたが、この論点と合理性の問題との関係も含め、より明確に整理していくことは、慣習概念をめぐる問題の精査において重要な課題となると言えます。


 初の学会発表で、至らない点も少なからずありましたが、様々な分野の方からコメントを頂き、また議論をさせて頂く機会に恵まれ、大変実りある一日となりました。私自身、慣習というテーマに予想以上の広がりがあることを知り、今後の研究の方向性について深く考えるきっかけにもなったと感じています。

 発表にて使用したプレゼンテーションは、私の個人ページにPDF形式で掲載してあります。ご興味がおありの方がいらっしゃいましたら、ダウンロードしてご覧頂ければと思います。

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