中期教育プログラム「脳科学と倫理」セミナー(4)第1回報告
Introduction
今学期は、Decision Making and Free Will: A Neuroscience Perspective(Kelly Burns and Antoine Bechara. (2007). Behavioral Sciences and the Law, 25: 263-280.)を講読する。
私たちは自由意志を持つのだろうか。それとも、私たちの行為は決定されているのだろうか。また、これら二つの可能性は相互に全く排他的なのだろうか。これらの疑問は、現在でも哲学および科学の研究グループにおいて討議中の問題であり、明らかに法体系の基礎付けにも重大な含意を有する問題である。こうした問題について論じる場合、およそ自由意志なるものの本質は選択能力にあるのだから、ヒトの意思決定の神経メカニズムを取り上げて、私たちがこの神経メカニズムを絶対的に制御しているか否かを考察することが重要である。
実際、科学研究によって、選択過程の基礎にある神経プロセスが次々と解明され、これらの脳のメカニズムについて既に知られている知識から、意思決定が必ずしも意識に上らない暗黙的なプロセスによる大きな影響を受けていることがほぼ明らかとなってきている。
しかも、神経学的な証拠が示しているように、この暗黙的なプロセスの中には、局所的な脳損傷によって正常な働きを侵害されるものもある。そのような事例においては、個人は知能や記憶やその他の認知能力が全く損なわれていないのに、自分にとっての最大の利益に反した決定や行為を繰り返してしまい、また、繰り返される誤りから学ぶこともできない。
この論文では、ヒトが自由意志を持つかどうかという問題と関係した、意思決定についての神経科学的知見が概観されている。まず最初に、(1)正常な意思決定プロセスが考察され、次に、(2)このプロセスの損傷事例がいくつか取り上げられている。最後に、(3)法体系に対してこれらの神経科学的知見が有する含意を解明することが試みられている。
本論文の講読を通して、(1)神経科学が解明しつつある意思決定の因果的プロセスについての理解を深めると同時に、(2)意思決定の「合理性」をめぐる従来からの哲学的考察と神経科学的知見との「つながり」を検討することによって、ヒトの意思決定の根本的な特徴に関する徹底した理解をこの講義で期待したい。
報告者: 西堤優(UTCP共同研究員)
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