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中期教育プログラム「脳科学と倫理」セミナー(2)第6回報告

2007.11.28 └セミナー2:ガザニガを読む, 脳科学と倫理

中期教育プログラム「脳科学と倫理」の進行状況を報告します.
セミナー (2) 「ガザニガ 『脳の中の倫理』 を読む」
第5章 「脳を薬で賢くする」.

【報告】串田純一さん 若手研究員

本文要約
  今回は、前回に引き続いて脳の機能の薬理的強化の問題を、特に記憶力と知能に関して扱う。先ず、記憶力の強化に関しては、CREBと呼ばれるニューロン結合に関わる物質の活性化を中心に、動物実験で有効性が見出された物質がいくつか存在し、その商品化が進行中である。またドネペジルはヒトでの有効性が実験的に確かめられた。しかし、記憶力の調和を欠いた強化は、必ずしも望ましいとは限らない。私たちは、むしろ少なからぬ物事を忘れたがるものであり、また忘れる必要があるはずである。嫌な出来事をいつまでも覚えておりそれを頻繁に思い出すことは、苦痛以外の何ものでもないだろう。私たちの脳は、既に諸能力が平衡状態で安定しているのかもしれないのだ。

  知能に関しては、現在、知能には種々の検査で広く検出できる「一般因子」があると考えられており、そしてこれは遺伝に大きく左右されるらしい。最近は、先ず大量のデータの統計的処理により知能に関わる脳の部位をマップし、続いてその部位を形成させる遺伝子を特定することで、知能に影響する遺伝子を特定するという試み(遺伝学的脳マッピング)が始まっている。その結果、脳の形質の遺伝と知能の遺伝とは強く相関しているということがわかって来た(ただし、その操作可能性に関しては何も言われていない。道のりは遠いのであろう:報告者)。
 
  ところで著者は、「認知能力を高める薬は必ず開発され、使用され、濫用されるだろう」と言いつつ、「私の予想では、正常な脳を持つ大人が記憶略増強剤を使ったり、理論面ではあまり確かとは言いがたい知能や認知能力の増強剤を使ったりすることはないだろう」とも言っている。これらを字義通りに細かく解釈すると、著者の考えはこうなると思われる。
(1)「知能や認知能力一般から区別された記憶力のみの増強はほとんどなされないだろう。
(2)理論的な確証があるならば知能や認知能力一般の増強剤は使用されることだろう。

講読に際して議論された論点

  • 脳機能の薬理的強化が被使用者の人権を無視して国家などによって使用されるのではないか。→軍や戦争の存在そのものが既に非倫理的である以上、こうした技術のみを倫理的観点から規制することはほとんど無意味なのではないか。
  • そもそも、「頭が良い」というのはどういうことなのか。いわゆる学力やIQと、倫理的な判断力とは、どのような関係にあるのか。→どうやら、前者が優れていて後者は欠けている、というケースはしばしばあるが、(単なるお人好しを倫理性と区別するならば)その逆はありえないようである。これは、倫理的に適切な判断には、優れた状況把握力や知識が必要だからであろう。
  • 例えば日本語は、「頭がよい」という広い意味の下に「賢明」「聡明」「明敏」「賢い」「賢しい」「怜悧」「知的」等々といった多様で繊細な言葉たちを持っている。こうした日常的・自然的言語と科学的・実証的研究とは循環的な関係にあり、私たちは例えば「賢明」と「明敏」という言葉に対する前理論的な理解に基づいて、「では脳のいかなる働きが単なる明敏さと賢明さとを分けるのか」といった問いを立てその解明に向かう。そして、物理的・生理的事象と言語的分節とが必ずしも一致しない場合、言葉の使用法が変化してゆくということもあり得るのである。したがって、こうした探求を適切に進めるには、何よりも先ず対象となる事象そのものを明確に規定しておく必要があるのは言うまでもない。そして、人間の心や知能に関わる事象に関しては、それらが目に見える位置や運動ではなく主に言葉の使用によって区別されている以上、それら言葉そのものの意味を明確に取り出し規定する営みが不可欠となるはずである。そして、論理分析や解釈学といったものこそが、それぞれの仕方でその役目を担うべきものなのである。いわゆる人文学に携わる者は、こうした作業の重要性を広く認識させると共に、自ら技術を練磨して、それを現に遂行してゆく必要があるだろう(報告者個人としては、『形而上学の根本諸概念』でハイデガーが「退屈」に関して行っている解釈学的作業などが、その非常に優れた例であると考えている)。
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    【レポート】ガザニガ 『脳の中の倫理』 第4章 「脳を鍛える」 PDF (118KB)

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