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早尾貴紀 「共生の都市」ハイファより 002

2007.11.08 早尾貴紀

 ハイファという都市について「共生」が謳われるのには、いくつかの理由があります。

 ハイファは、テルアヴィヴとエルサレムと並んで、イスラエルの三大都市のひとつです。そのなかで、地政学的に言って、イスラエルの事実上の首都であるテルアヴィヴはある意味でもっともユダヤ化の「完成」した都市で、テルアヴィヴ大学のアラブ系学生の比率はひじょうに低くなっています。またエルサレムは、東西エルサレムの併合・聖地の独占というイスラエルの政争の焦点とされていること、そして高さ8メートルのコンクリートの「隔離壁」によってアラブ・パレスチナ人が排除されつつあることから、排他的空気は強まる一方にあります。
 それに対して、北部地域に位置するハイファは、政治的論争の焦点からは相対的に外れていること、またアラブ人の多いガリラヤ地方が近いことなどから、なんとなくアラブ人が居やすい空気はあった/あるかもしれません。街中や大学のなかなどで、アラビア語を耳にする機会も西エルサレム・ヘブライ大や、テルアヴィヴよりも多いのは確かですし、また街中で口にされるアラビア語の声の大きさも、西エルサレムやテルアヴィヴよりも大きい気もします。
 またエルサレムのように、明確に「西エルサレム(ユダヤ人地区)」/「東エルサレム(アラブ人地区)」といったような区分が、ハイファにはなく/少なく、ハイファの街中の中心地は、それとなくアラブ人ブロックは存在していても、混在・混住地域であることは確かです。

 この都市を、「バイリンガル(二言語都市)・ハイファ」と呼んだのは、アントン・シャマースという作家でした。
 しかし、街中を歩いて、よーく掲示板や店の看板や、あるいは店先で売られている新聞やバスの中で広げて読まれている本を見ると、そこにはヘブライ語でもアラビア語でもない言語がひじょうに頻繁に目につくようになりました。ロシア語です。
 とくに旧ソ連邦崩壊後のロシアからこの10数年のあいだに移民をしたロシア人は、半数以上が実際にはキリスト教徒だと言われ、遠縁のユダヤ系の親戚を頼りに入ってきた労働移民だと言われています。すなわり、ユダヤ人アイデンティティも稀薄ないしは皆無であるため、ヘブライ語を勉強するモチベーションもないと言われています。
 このロシア系移民は、いまではイスラエルの全土にいるのですが、なかでもハイファはその比率が高いと言われています。「バイリンガル・ハイファ」、「共生都市ハイファ」であることが、その受け入れの余地を大きくしたのかもしれません。
 バイリンガル・ハイファは、いまや「トリリンガル・ハイファ」になりつつあります。

 さらにハイファは、エチオピア系移民も急速に増やしています。宗教的に敬虔なユダヤ人移民の多いエルサレムや、経済的に裕福なユダヤ人移民の多いテルアヴィヴと異なり、ロシア系とともに周辺化されている移民が入り込みやすい街として知られている、というわけです。
 こうしてハイファは、多様な移民の求心力によって、事実上の多文化化が進んできています。しかしこれは、単純に喜べることなのでしょうか?

 そもそも、ロシアやエチオピアから政策的にユダヤ系(とおぼしき)移民を導入しているのは、根本的には、アラブ・パレスチナ人の人口比率を下げたいという、シオニズム的理念に基づいています。この地域から難民となったパレスチナ人でさえ、自分の生まれ故郷に「帰還する権利」を否定されている一方で、この地に縁もゆかりもないロシア人やエチオピア人が、人口統計学的政策の道具として導入されているわけです。ともすると出生率の高さゆえに漸増するイスラエル国内のアラブ・パレスチナ人比率をいかに抑えるかという目的のためのロシア・エチオピア移民だと言っていいでしょう。
 すなわち、ハイファの多文化化は、実のところ、アラブ文化の否定のうえに進んでいる、というわけなのです。つまりこれは、反アラブ政策であり、明確なレイシズムなのですが、レイシズムのうえに事実上の多文化化が成り立っているという、奇妙な事態になっています。(PD研究員、早尾貴紀)

hayao02.jpg
(ハイファ市街地にある掲示板:「売ります・買います」や「部屋あります」など、わりとなんでも自由に貼れる。それが、ロシア語の掲示物で埋められている。)

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