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筒井史緒 【standART byond】報告⑧~Vol.6 「いきる、いかされる~自然に還る、これからの暮らし」開催報告

2026.01.18 梶谷真司, 李太喜, 山田理絵, 筒井史緒

 2025年6月21日土曜日。夏至の太陽が照りつける、一年でいちばん長い一日。「幸福知のためのアート・ワークショップ・シリーズ standART beyond」の第六回「いきる、いかされる~自然に還る、これからの暮らし」が長野県佐久市で開催された。

 【standART beyond】では初となる、駒場キャンパスを飛び出しての現地開催。場所は、佐久市にあるFerment Baseである。ゲストである鈴木健之助さんが、自然農法で在来種の米を育て、どぶろくを醸している場所だ。すぐそばには透き通った川が流れ、あたりには田んぼが広がり、平べったい節理状の鉄平石が川沿いのそこここに顔を出し、樹々が眩しく陽を孕み、風に揺れている。

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 最寄り駅である佐久平駅からも車で30分という、とりわけ車をもたない遠方組には非常にアクセスが悪いこの場所でわざわざ開催しようと決めたのには、理由があった。

【現地開催の理由】
 はじめて健之助さんのどぶろくを口にしたときの衝撃は忘れられない。12月の奥蓼科、山深く大きな滝を抱く静かな温泉宿に、しんしんと雪が降り積もる夜だった。共通の友人が温泉場の仕事を卒業する祝いの席ではじめて出会った健之助さんは、そのとき、持参したどぶろくの瓶の口を、雪の中でゆっくりゆっくりと開けていた。音もなく、けれどもみるみるうちにあたりがいちめんの銀世界へと変化してゆくほどの寒さのなかでさえ、15分から20分ほどかけてゆっくりと開けなければ、爆発して瓶から溢れ出してしまうほど、そのどぶろくは生命に満ちていた。
 わたしはアルコールにアレルギーがあるため、お酒はほぼ呑めない。だが、瓶越しにびりびりと伝わってくるただならぬエネルギーから、目をそらすことはできなかった。これは、明日体調がどうなろうとも、これを体験しないで終わるわけにはいかない…… わたしは、ええいままよ、とひとくちだけいただくことにした。

 口に含んだ途端、生命のかたまりが飛び込んできた。口のなかで、目が覚めるように鮮やかないのちがいっぱいにはじける。まるでどぶろくが嬉しそうにきらきらと笑いながら踊っているようだった。

 それはもはや、お酒だとか、飲み物だとか、なんなら美味しいとか、そういう味覚的な次元を超えた「何か」だった。生きものがそのままわたしの身体に飛び込んできたとしか言えないような、衝撃的な体験だった。

 こんなにも鮮やかに生きているものを送り出すことができるなんて、このひとは生命と日々会話をしているに違いない―― そう思ったとき、わたしは迷わず健之助さんに「東大でワークショップをやっているんですけど、是非ゲストに来ていただけませんか」と声をかけていた。

 もはや毎度おなじみ、という感じで直観で声をかけたは良かったが、駒場キャンパスで開催するイメージがどうにもわかなかった。教室にお酒をもってきていただいたところで、全員が呑めるわけでもなく、なによりわたしが感じている生命感をみなさんに感じていただくには、東京の教室ではいかにも足りない感じがした。

 このお酒が生きているのは、たんに製法や原料だけの問題でないに違いなかった。もちろんそれらも重要だけれど、作り手のすべての哲学と営みが、それを支え育む自然環境と共鳴し対話していることによって、そこにある生命がそのままどぶろくに宿っているのだと感じられたからだ。

 このどぶろくが生きているのは、生きているものが、生きている場所で、生きていることに包まれながら育まれて作られているからで、だからそのすべての生きていることを感じてもらうことでしか、健之助さんの仕事には触れることができない気がした。

 それで、ほとんど見切り発車で、初めての現地開催に踏み切った。どれほど来にくかろうとも、現場でしか感じられないものを、おろそかにすることはできなかった。

 健之助さんとの打ち合わせの結果、当日の流れは、①手植えでの田植え体験、②地場産の食材でランチ、③健之助さんとわたし筒井によるトークセッション(オンライン配信あり)、④醸造所見学、となった…… のだが、のんびり流れる時間と熱いトークのおかげで、すっかりわたしが④の醸造所見学を失念してしまい、実際には①~③の開催となった。

【当日の流れ】
第一部 田植え体験

 朝9時半にFerment Baseに集まった皆で、あぜ道を歩いて健之助さんの田んぼに向かった。子供や大学生もまじる参加者の方々、UTCPのスタッフとともに、奥様と鈴木家の可愛い子どもたちも一緒に作業に向かう。

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挨拶をする筒井と、健之助さん

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田んぼへの道

 健之助さんは、すべてのプロセスがなるたけ昔ながらの自然なものであることを意識されている。酒造りに使う米も自ら育て、在来種の米を、種取りからはじめて、自然農法で栽培する。どぶろくの醸造も、自然発酵で行う。

 わたし自身も初体験となる手植えでの田植えは、想像以上にハードであった。おそらく夏至の強い太陽と、そもそもの慣れなさもあったと思うが、半反ほどをおおよそ15人で植えていくのに、みっちり3時間ほどかかった。これをふだん、健之助さんはひとりか、お手伝いの方何人かでされるというのだから、なにげなく日々いただいているお米のありがたみをあらためて感じざるをえない。暑さも手伝って、なんども休憩と給水をはさんでの作業となった。

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田植えの様子

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 それでも、輝く太陽と、それを反射する田んぼの水面、足に直接伝わる柔らかな泥の感触、屈めた腰が重く疲れてゆく感じ、しばしば水面を訪れる美しいコバルトブルーの蜻蛉たち、苗床の重み、爪のあいだにつまる土、のどの渇き、休憩のたびに手を浸す川の冷たさ、のどを潤す水、山あいの美しい景色、ときおり吹く風、眩暈のするような暑さ、泥に沈んで抜けない足、流れる汗……… そういったもののすべてが、わたしたちの身体を、健之助さんのどぶろくを満たすいのちの響きへと、近づけてくれたと思う。

 本シリーズで大切にしている「身体知」「身体性」は、こうした、ロゴス的な観点からは「だからなんだというのだ」という、理性からすれば「意味がない」ものでできている。しかし、わたしたちの存在が喪ってきたものをもう一度回復するためには、ロゴスの奥に湛えられた圧倒的な生命の豊穣のすべてを、わたしたちが認知し、生きる必要がある。そうしてはじめてわたしたちはふたたび統合され、全体性を回復できる。ゾーエー、ピュシス、ビオス、そういった位相の、ロゴスからは理解のできない領域の知をとりもどすことは、シリーズのスタート時に掲げた、わたしにとって要の態度だ。
 生命の豊穣は、ロゴスには理解できない。しかしそれは、それ自体の摂理をもって、宇宙をかたちづくっている。だからわたしはそれを「混沌」「カオス」であるとはとらえていない。感性にならば、直観にならば、それはケオティックなものとしてではなく、それ自体の整合性をもって感知されからだ。これは第二回の右脳体験でピックアップした、知のモードのシフトによって可能となるが、その鍵となるのが身体性なのである。

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田んぼの脇を流れる八丁地川。子供たちの遊び場だ


 こうした、理性には把握できない意味の横溢を、わたしは「未意味の海」と名付けている。意味がないのではなく、意味になりうるすべてを潜在的に孕んだ、生命そのもの。
 なにげない体感をおろそかにせず、奥底まで感じる。ただそれだけのことが、わたしたちを生命へと連れ戻す。


第二部 地場産食材のランチ
 第一部と第三部のあいだに、着替えをはさんで、おいしいランチをいただいた。
 このランチも、今回のワークショップの目玉のひとつだった。ランチをご用意くださったのは、佐久でカフェやケータリングを営むmaru cafeさん。ランチタイムもまた、佐久の自然とそれを大切にいただく人々の想いを体験する、大切なひとときとなった。
 Ferment Baseの敷地内に建つ、鉄平石葺きの屋根の素敵な手造りの建物。そのテーブルに、健之助さんのお米をはじめ、地場産の食材を使って丁寧に作られた色とりどりの料理が並んだ。
 在来種の大豆を使った豆腐や、美しいサーモン寿司、とれたて野菜たっぷりのサラダに甘酒のドレッシング。これらの美しくみずみずしい食事には、もうひとつ心遣いがこめられていた。わたしが体質的に食べられない食材が多いとお伝えしたところ、なんとそのすべてに対応くださったののである。肉、乳製品、グルテン、さとうきび由来の砂糖、油、添加物…… これらすべてを使わないという限定された選択肢で、わたしひとりぶんだけではなく、すべての参加者の方々の食事が用意された。ご近所のおばあちゃまから筍と鯖のお味噌汁の差し入れも加わり、テーブルいっぱいにヘルシーで美しいご馳走が並ぶ。そこに、きょう発売という今年の新酒のどぶろく「なかよく」を満たした酒器が行き交う。田植えでぺこぺこになった健康な空腹に、たっぷりといのちが満たされてゆく。参加者の皆さんの身も心もおいしく満たされる、笑顔と楽しいおしゃべりがあふれる時間であった。

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新鮮な食材たっぷりの豪華メニュー

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 午前中の田植えは、ただおなかをすかせただけではなく、きっと、ここの食事やお酒が「なぜこの味なのか」「なぜこんなふうに体全体でおいしいと感じるのか」を、言葉にならない体感で教えてくれていたはずだ。土地、風、水、太陽、植物の話し声が、そのまま食材に宿り、人の営みに宿り、「おいしい」の震えを作り上げているから。
 自然だけではなく、自然を倣び、自然を尊び、自然をいただく人の心と意識の純度が、それを可能にしている。それを感じていただくためのワークショップとして、手植え体験と丁寧な地場産ランチの流れは、言葉ではなく身体でじかに受け取るための欠かせないステップであった。身体と感覚をひらいて生命を受け取り、生の喜びをじかに感じる時間となったのではないかと思う。


第三部 健之助さんと筒井のトークセッション
 ここからは、オンライン視聴の参加者の方々も加わってのトークセッションである。
 たっぷりと時間的余裕をもたせて、スタートを午後2時に設定していたが、ゆったりと流れる心地よい時間のせいで、あっという間に開始時間を迎えていた(なんならちょっとだけ遅れた)。

 健之助さんは、ご自身を「農民」と呼ばれる。農業をやっている人ではなく、農民である、と。その心をお伺いすることから、トークははじまった。

 このトーク、2時間ほど続いたのだが、まとめるのが非常に困難なほど濃密であったために、当日オンラインで配信された動画のアーカイブを再掲する。どのやりとりもきわめて本質に迫るもので、生命とは何か、暮らしとは何か、ものを作るとは何か、自然とは何か、食べるとは何か…… といった問いに、日々を生き、地に足をつけ、お米やお酒や太陽や風と話し、迷いながら、生活のすべてで答えようとする健之助さんの営みを浮かび上がらせる、豊かな気づきに満ちたものであったと思う。
 少し長いのだが、ぜひご視聴いただきたい。

https://youtu.be/MbXIP-bUTmg


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健之助さんとどぶろくを前にトーク

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新作どぶろく「なかよく」


 今回のワークショップを現地開催で、というのは、段取り的にはかなり見切り発車ではあったものの、必ず素晴らしいものになる、という確信があった。それは、ひとえに、健之助さんが作るどぶろくの、圧倒的な生命感のもつ説得力によるものだった。この現場を体験できるなら、それはまちがいなく、わたしたちの暮らしと生命と自然の根幹に直接触れ、問いを投げかけてくれるものであろうと。
 そして、実際に現地に行ってみて、健之助さんたちが普段されている作業のほんの一部を体験させていただき、お米とお酒が命を育むその場所を感じ、健之助さんのお話をお伺いして、予感していた以上の気づきをいただいたと思う。
 新作どぶろく「なかよく」をご紹介くださるなかで、健之助さんがこんなことを言っていた。

 「いや、これ一番いいと思うんですよね、今までで。なかよく、って、うちのメッセージなんですよ。自分たちはここで生きているけれど、この地域、日本、地球、宇宙に生かされている。だからみんな仲良くなろうよ、という意味もあるし、事実として色んな人にかき混ぜてもらって手伝ってもらって、いろんな人の手が入っているから「仲良く」という意味もある。それからこれまではひとつの品種の米でひとつのどぶろくを作っていたけど、これは三種類の米を使っているから、そういう意味でも「仲良く」だし、あと、「中=中道」が良い、という意味もある。」

 「世の中いろいろあれど、なかよく呑んだらええじゃないかって。みんな仲良くいこうよ、嫌いな人も好きな人もいるけど、嫌いな人がいるからこうして今自分が生きられるのかもしれないし。あの人が原因ではあるかもしれないけど、嫌だと思うのは結局自分で。だから、いかに自分のなかで「あいだ」を作れるか、軸を作れるかだと思う。ひとりひとり「中」良く、他の人とも「仲」よく。すごく力入ってるんです、このメッセージが届いてほしいなって。」

 健之助さんのどぶろくは、健之助さんひとりによって作られるのではない。そのことを、誰よりも健之助さんが大事に思っている。自分も、ひとも、太陽も、微生物も、環境も、地球も、宇宙も、すべてがあって初めてできるものだ。

 それを分かっているから、健之助さんのどぶろくは、いつも衝撃的に、身体に命の味を運んでくるのだろう。言葉にならない味の広がりのすべてに、どぶろくに生命を宿らせたすべてがそのまま息づいているから。

 そんなふうにできるものが、この世界のスタンダードになるなら、それはどれほど良い世界だろう。そうなるまでには、どれくらいの時間が必要なのか、どれくらいの学びが人類に必用なのか、わたしには知る由もないけれど、いつか訪れるかもしれないそんな世界のために、一瞬一瞬、できることをしていきたいなとあらためて感じさせられた一日であった。

 健之助さん、ご家族のみなさん、ご近所のみなさん、お手伝いしてくれたみなさん、参加してくれた方々、スタッフのみなさん、ダブルブッキングで来れず遠くから見守ってくれたUTCPセンター長の梶谷さん、本当にありがとうございました。

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鈴木家と近所の子供たちと筒井

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