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【報告】UTCP Series Second View 第4回「医療刑務所における摂食障害の治療」報告書①

2025.09.27 梶谷真司, 山田理絵

 この報告では、2025年5月24日(土)13:00〜15:30に開催されたUTCP Series Second View 第4回「医療刑務所における摂食障害の治療」の内容を紹介する。この講演会では、北九州医療刑務所から、心療内科医の瀧井正人先生、看護師の守田裕子先生、刑務官の髙野幸先生をお招きし、それぞれのご専門の立場から矯正医療における摂食障害の患者の処遇と治療についてお話しいただいた。

 ブログは三部構成になっており、まずこの第一部では、瀧井先生の講演内容をまとめたい。瀧井先生は、九州大学附属病院の心療内科を中心に25年ほど勤務し、一般の摂食障害患者や、Ⅰ型糖尿病であって摂食障害を発症した人の治療をなさっていた。その後、ここ10年余りは矯正施設内の摂食障害治療に尽力されている。

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刑務所の中の摂食障害
 「摂食障害」とは食行動の著しい異常が見られる精神疾患のひとつであり、その下位カテゴリーとして「神経性やせ症」、「神経性過食症」、そして「その他の摂食障害」などが含まれ、患者の症状やBMIなどに応じて診断名が分かれる。日本の矯正施設では、近年摂食障害の受刑者が増加し、その対応の難しさや身体的な重篤性から、施設の大きな負担となってきたと言われる。また、摂食障害の受刑者は再入所を繰り返す傾向が強い。つまり、再入所リスクファクターとして摂食障害が深く関わっていると言われている。
 このような状況の下で、北九州医療刑務所に新たに女子収容区が創設され、2012 年度から摂食障害患者の受け入れが開始された。先生は2013年度から勤務されているが、治療にあたる患者のほとんどは「神経性やせ症」であるという。
 では、摂食障害はどのような形で犯罪に結びついているのだろうか?
 それを考えるうえで、瀧井先生たちが2022年に発表された論文「医療刑務所における神経性やせ症女性患者に関する研究——第一報:特徴的な諸群への分類」『精神神経学雑誌』124巻9号(601-622頁)に掲載されているデータを紹介したい。
 まず、2012年5月から2021年6月までに、北九州医療刑務所に神経性やせ症の女性患者がのべ110名(重複入所を除いて100名)入所したという。100名の罪名は窃盗87名(87.0%)、覚せい剤取締法違反10名(10.0%)、詐欺4名(4.0%)、売春防止法違反1名(1.0%)、殺人1名(1.0%)、傷害1名(1.0%)であったという。つまり、北九州医療刑務所で、神経性やせ症である受刑者の中では「窃盗」の罪で受刑している人が圧倒的に多いのだ。
 さらに100名のうち、刑務所などの矯正施設に初めて収容される前から摂食障害があり、かつ覚醒剤使用歴がない人のみを抽出すると74名が該当したそうだ。この74名に絞った時に、罪名が窃盗である割合はさらに高くなる。74名中72名(97%)が窃盗で捕まった人であったという。この74名の入所時の平均年齢は41.9±9.2歳、摂食障害の発症年齢は平均で21.0歳、平均罹病期間は20.9±8.7年、入所時の平均BMIは13.3±1.6kg/m2、平均体重は32.6±3.9kgであったという。
 瀧井先生は、一般的に「摂食障害は病気理解が難しく、治療困難な疾患」であると述べた。その中でも、北九州医療刑務所の女区のような医療刑務所で処遇されている受刑者は、特に重症度の高い摂食障害の患者であると言えるようだ。彼女たちは、平均20年という長い罹病期間を経ており、かつ病態が非常に悪化している人たちだ。その過程で窃盗をはじめとする犯罪を犯し、刑務所に辿り着いている。また、先の74名のうち、刑務所をはじめとする矯正施設への入所は平均で1.8±1.2回と累犯が目立ち、最大で7回入所している人もいる。
 また、先生によれば、摂食障害を持つ受刑者には、虐待や家族の機能不全など、逆境的な小児期体験を濃厚に経験している患者の割合が多いという。これらの事実は、単なる食事の問題としてではなく、患者が抱える深い心の傷や生きづらさに根本的な原因があることを物語っている。このような非常に治療困難な患者に対し、北九州医療刑務所では、医療刑務所の利点を最大限に活用した独自の治療プログラムが試行され、効果を挙げているという。

摂食障害の多面性と共通理解の難しさ
 瀧井先生によれば、摂食障害は、心理面、行動面、身体面、社会面など多岐にわたる複雑な疾患であり、その病態や重症度には個人差が大きいという。このように摂食障害は多面性を持ち、かつ患者によって症状や状況が多様であるそうだ。
 また、治療者たちが、どのような場所で臨床をするかによって、どのようなタイプの患者と接するのかが違っているのではないかと、先生は問いかけた。例えば、一般の外来で出会う患者と、刑務所で出会う患者とでは、多くの場合罹病期間や抱えている症状、問題の質が異なってくる。このような背景で、医療者同士が、同じ「摂食障害」という言葉を用いていても、そのイメージする患者像が異なり、議論がすれ違うことがしばしばあるという。
 以前、瀧井先生は、著書『摂食障害という生き方』(中外医学社、2014年)の中で、「交通整理的な分類」として、「軽症摂食障害」、「中核的摂食障害」、「境界性パーソナリティ障害的摂食障害」の3つを挙げている。
 「軽症摂食障害」とは比較的精神病理が軽く、常識的な対応で改善が期待できるようなタイプであるという。「中核的摂食障害」は、摂食障害であることがその人の生き方そのものとなっており、その病気のあり方がかたくなで強固なため治療が困難なタイプであるという。後に紹介するような「行動制限を用いた認知行動療法」は中核的摂食障害のタイプ向けの治療として発展したという。「境界性パーソナリティ障害的摂食障害」は。問題の中心は摂食障害そのものというよりも、むしろ心理面、行動面の著しい不安定性、衝動性であるという。つまり、境界性パーソナリティ障害の症状の一つとして(行動化)、摂食障害の症状が出ているタイプである。瀧井先生は、このような分類を使って、それぞれの治療者たちがどのような患者を念頭に置いて摂食障害の議論をしているのか推し測っているそうだ。
 次に、現在コンセンサスとされている考え方、例えば「誰でもダイエットをすれば摂食障害になる」「体重を増やせば回復する」など、いくつかの言説に対し、先生は疑問を投げかけられた。
 まず、「誰でもダイエットをすれば摂食障害になる」という考え方である。いまやダイエットをすることは誰にとっても珍しいことではない。ではなぜ、ダイエットを始めて摂食障害に至る人と、そうでない人がいるのだろうか?瀧井先生は、ダイエットによって得られるものと失うもののバランスが、人によって大きく異なるからではないかと論じられた。痩せることで人生の意味を見出し、初めての成功体験や優越感を得た人は、その快感から抜け出せなくなり、摂食障害が重症化し、改善が困難となる可能性があるのではないか、ということだ。
 つまり、単に痩せようとする行為、痩せた状態自体が問題なのではない。その行為や状態が個人の過去や現在の状況とどのように結びつくかが、摂食障害へ向かうかどうかの鍵になっているということだろう。
 瀧井先生によれば、第二次世界大戦中に行われた半飢餓実験(ミネソタ飢餓実験)の実験結果が摂食障害のモデルとして取り上げられることもあるという。しかし、この実験は「飢餓のモデル」であり、飢餓による影響がなくなれば、基本的に飢餓に伴う「異常な」行動は消失していく。それに対し、摂食障害は一旦生じれば一定の期間以上持続・発展するプロセスであり、飢餓のモデルとは明確に区別されるものだということだ。
 摂食障害の本質が飢餓による影響だけでないならば、単に栄養を補給する(飢餓を解消する)だけでは、摂食障害の本質的な解決には繋がらない。瀧井先生は、「体重を増やせば回復する」といった考え方や「摂食障害の人は食欲がなくなる」という考え方を前提としたアプローチにも誤りがあると指摘した。
 例えば過去に、食欲増進ペプチド「グレリン」を投与することで摂食障害を治療しようとする治験があったそうだ。しかし、瀧井先生は、神経性やせ症の本質は「食欲がなくなる」のではなく、「食欲を必死に抑えて体重をコントロールする病気」であると指摘し、この治験の有効性を疑問視するとともに表面的な症状(食欲不振)に対する安易なアプローチではなく、病気の根底にある心理的メカニズムを深く理解することの重要性を示唆された。
 加えて、摂食障害の原因を患者自身ではなく、外部にあるとする「外在化」の考え方についても、先生ご自身は批判的な立場に立っていると述べた。なぜなら、外在化には、患者に自らの問題と向き合う機会を奪い、治療への主体的な関与を妨げる可能性があるからだという。

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摂食障害の本質と「回避の遮断」
 瀧井先生は、摂食障害の本質は、人生の様々な問題(人間関係、成績不振など)を心で受け止めきれなかった個人が、「やせ」という方法を使って心の問題を「回避」する「心の装置」であると考えているという。この「回避」は、当初は体重や食事に限定されるが、慢性化するにつれて社会生活、人間関係、責任、そして治療からも徹底的に回避する、全般的、徹底的回避へと発展していくという洞察を示された。この「徹底的回避」の段階に至ると、患者は社会的な繋がりを断ち切り、自分だけの世界に閉じこもるため、外部からの介入が極めて困難になる。
 ではどのようにして摂食障害、特に遷延化した重篤な摂食障害の人たちにアプローチしていけば良いのだろうか?
 瀧井先生は、「回避の遮断」こそが、摂食障害治療の鍵であると述べた。回避の遮断というアプローチは、患者の身体面、行動面、心理面と、複数の側面を対象に実施される。この中でも、身体面や行動面の回避の遮断は、それらの側面における改善のみでなく心理面における「回避」の手段を断つという意味が大きく、その先にある「心理面」の治療こそが治療の「本丸」であるという。しかし、このようなアプローチは容易ではない。治療には、患者が自らの心の真実と向き合うことを促す、高い技術と経験が必要である。また、患者の心の奥底に潜む、回避行動の根源を突き止めるには、患者との間に強固な信頼関係を築き、決して妥協しない態度で患者と向き合うことが求められるという。

医療刑務所での治療プログラム
 では「回避の遮断」というアプローチを、具体的にどのような方法、プロセスで実施しているのだろうか?
 瀧井先生は医師としての初期の治療経験と、鹿児島大学での国内留学で得た学びを統合して「行動制限を用いた認知行動療法」を確立し、現在これが北九州医療刑務所での女区での具体的な治療プログラムの内容となっている。
 治療プログラムは、行動療法、心理面の治療、チーム医療の三本柱で構成されているという。まず、行動療法は「行動制限とその解除」と「栄養投与プログラム」を軸に行われる。これにより、患者は問題行動を遮断されるとともに、栄養の確実な摂取が促され、行動面、身体面の回復が可能となる。続いて、心理面の治療では、医師の綿密な診察に加え、多職種の職員が立ち会い、患者の心に向き合うことを促す。
 特に治療前半では、不正やごまかしを許さない厳しい対応が徹底される。これは、患者が自らの「回避行動」と向き合い、心の真実に直面するための「心のトレーニング」でもある。加えて、読書療法も実施されている。絵本や童話を中心とした「医務本」を用い、患者の心を育てる治療が行われている。これは、患者が幼少期に受けた心の傷や満たされなかった感情と向き合い、失われた人間性を回復させることを目的としているという。最後に、チーム医療として、北九州医療刑務所内では、医師、看護師、刑務官、心理士などの多職種が密に連携しながら、治療プログラムと処遇が実施されているのである。
 このプログラムのデザインは、医療刑務所の物理的環境と融合し、最重度の摂食障害患者に対しても良好な治療結果をもたらしているという。医療刑務所の治療におけるアドバンテージとして、以下の四点が挙げられた。
 一点目に、刑務所の物理的構造である。逃げられない収容棟の物理的構造が「回避の遮断」を強力に下支えする。外部からの誘惑や、患者が自ら治療を中断しようとする試みを防ぎ、一貫した治療環境を維持することができる。
 二点目に、比較的長期の治療が可能になることだ。一般の病院では数週間程度しか入院できないのに対し、刑期いっぱい治療が可能である。これは、慢性化した摂食障害の治療に不可欠な、時間をかけた粘り強い介入を可能にする。
 三点目に、患者の密な管理や観察が可能になることだ。刑務官や看護師の密な監視・観察により、受刑者が隠れて行う過食や嘔吐、過剰な運動などの「回避行動」を詳細に把握することができる。さらに、自分を傷つける行動や命に関わる行動がないかも、24時間体制で確認することができ、個別の状況に応じた柔軟な対応が可能となる。
 四点目に、比較的豊富なマンパワーがあるということだ。先に述べた通り、北九州医療刑務所内では、多職種の力を結集したチーム医療が実施されている。各専門職がそれぞれの視点から患者を観察し、情報を共有することで、患者の心身の状況をより立体的に理解することができるという。
 このような治療は、再入所率の低下に有意な効果を示しているというデータが示されている。つまり、受刑者が医療刑務所に入所している間、治療プログラムを受けることで、良好な予後につながっていると考えられている。

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摂食障害と窃盗との関係
 最後に、摂食障害と常習窃盗の関係について、瀧井先生がお話しされたことをまとめておきたい。
 まず、摂食障害を発症しても早期に有効な治療をすれば、摂食障害は改善して、適応的な人生を送れるということはもちろんある。しかし、治療を受けなかったり、中途半端な治療だったり、本人が元来抱えている問題が大きい場合、摂食障害の慢性化、悪化が生じるという。そうした慢性化、悪化の過程で、価値観の逆転、倫理観の希薄化、快楽への依存に向かっていく場合があるという。それが行動面に現れれば、常習窃盗が起こるのである。また、本人に何度猶予を与えたとしても、窃盗を繰り返してしまうそうだ。
 窃盗を繰り返す患者は、摂食障害が遷延化する中で、考え方や態度が変容していくという点がポイントであろう。瀧井先生によれば、受刑者と接していると、もともとは規則を破ることに、むしろ抵抗が大きかった人が多いと感じているという。
 しかし、摂食障害の経過とともに、倫理感、道徳観を失っていくそうだ。そのような状況の下で、過食嘔吐という嗜癖的な習慣が生じることで大量の食材が必要となり、「どうせ吐くものにお金を使うのがもったいない」と窃盗を繰り返すようになる。また、過食・嘔吐の有無にかかわらず、大量に食材を溜め込んだりする患者がいるが、これには溜め込みが食べることの代償行為となっている面が大きいと思われる、と先生は指摘する。
 また、摂食障害に伴う常習窃盗が「クレプトマニア」と呼ばれることがあるが、「個人用に用いるためでもなく、またはその金銭的価値のためでもなく、物を盗もうとする衝動に抵抗できなくなることが繰り返される」というクレプトマニアの定義には、厳密には当てはまらないケースがほとんどだと感じてきたという。例えば、多くの場合、窃盗は食材調達の必要に迫られて行うというのであり、窃盗という行為それ自体をすることについて抗い難い渇望があって行っているわけではないという。したがって、瀧井先生は摂食障害に伴う常習窃盗は、「クレプトマニア」(窃盗症)とは異なるとの見解を示された。

 瀧井先生の講演は、摂食障害の本質を深く洞察する上で示唆に富むものであった。この続きのブログでは、法務技官看護師の守田裕子先生、法務事務官の髙野美幸先生のご講演と、質疑の内容をご紹介したい。(報告:山田理絵)


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