梶谷真司 邂逅の記録132 自分の人生をブランディングする
2025年7月21日、「デザイン×哲学対話 Who am I ? ~ 私って一体何者なんだっけ?」というイベントを行った。デザイナーの河本有香とのコラボ企画である。
河本さんとは以前、2017年12月17日に「Knowledge forest 知の森 ナレッジフォレスト~つながる、ひろがる、図書館」をして以来であった。
ブログ報告 https://utcp.c.u-tokyo.ac.jp/blog/2017/12/post-899/
その後、7年以上の歳月が流れ、その間に彼女は結婚し、2人の娘さんの母となり、伴侶の方の仕事で生活の拠点をイギリスに移していた。河本さんとは、時おりメッセージのやり取りをして、お互いの近況を報告していた。そして今年の4月、彼女から連絡があり、7月に一時帰国するので、その時にワークショップをしたいという提案があった。セルフブランディングのサービスを立ち上げようとしているので、そのトライアル的なことをしたいという。
河本さんは、もともと企業のブランディング、グラフィックデザイン、アーティストとしての活動など多彩な顔をもっていた。
河本さんのHP https://www.yukakawamoto.com/
そんな彼女だが、子育てによってそうした肩書を徐々になくし、母親業だけになって「私って何者なんだっけ?」という問いに苦悶した時期があったらしい。そこで、自分の人生のタイムラインを振り返りながら、大切にしていることを拾い集め、今の自分の軸を強くし、未来に向けて生きていきたい――そんな思いを詰めた本、My Narrative Bookを作るワークショップをするという企画。
私は河本さんのことを、マルチに活躍しつつ、軽やかに生きていると思っていた。だがそんなことはなかった。女性はやはり、生活を大きく変えなければならないライフイベントがあると、そのつどアイデンティティが揺らぎ、再構築を迫られるのだ。同じようなことは、子育て中の女性に限らない。私たち誰しも、性別や年齢に関係なく、人生の様々なステージで何かを選択したり、自分の身に何か起きたりするたびに、私たちは「自分は何者か」「なぜこのような境遇にいるのか」「これからどう生きていけばよいのか」といったことを自問する。
それを体感するようなイベントにしようということになった。できるだけいろんな世代の人たちが参加して、哲学対話をして一緒に考えられるようにしようということになった。
当日は、幸い10代から70代までの幅広い世代の、様々な境遇の人たちが参加した。さらに、河本さんの娘さん、お母様、義理のご両親、ご友人も参加し、とてもアットホームな雰囲気になった。
イベントではまず河本さんに自己紹介として、今までどんなお仕事をして、このワークショップに至ったか、経緯をお話しいただいた。
そのあと、「私は何者なのか」を考えるために用意した11個の問いを提案し、それについて考えてもらうことにした。
・私が大切にしていることは何?
・私の人生を振り返った時、人生で重要だと感じる思い出は?
・私の人生で一番輝いていたと思う出来事は?
・私を支えてきた言葉やフレーズは?
・私はどんな時に幸せを感じるか?
・私が今迄で後悔していることは何ですか?
・私が、本当はそうしたくないのについしてしまうことは何ですか?
・私は自分のどんなところが好きで、どんなところが嫌いですか?
・私が誰かに何かを託すとしたら、誰に何を期待しますか?
・5 年後、私はどんな風になっていたい?
・私が人生で死ぬまでにやっておきたいことは何ですか?
この問いとその答えを、色とサイズが違うトレーシングペーパーに書いて、それをホワイトボードに書かれた0歳から100歳までのタイムラインの上下にマグネット鋲で止めていく。
その後、参加者みんなでお互いの問いと答えを見て、哲学対話で話す問いを挙げていく。投票で選ばれたのは「私は誰によって決められるのか」という問いであった。
自分で自分のことを決めているわけではなく、そこには周りの人や状況、めぐりあわせなどが大きく影響しているのではないか。そもそもこの「私」って何なのか。他人からの見方によって決められるところもあるが、それはなかなか変えられない。こんな自分でいたいという願いが大事ではないか。年を取ると、こうありたいというのがなくなっていく。……様々な意見が出た。
1時間ほどみんなで語り、考えた後、ふたたびタイムラインの問いと答えを見ながら、自由に歓談する時間を取った。その後、ホワイトボードから自分が書いた紙を取ってきて、それを一つの冊子に閉じて、各自持って帰った。
私自身が自分のMy Narrative Bookを作っている間、河本さんと用意した問いには、もっと簡単に答えられると最初は思っていた。普段から自分のことをよく振り返って話していたからだ。ところが実際やってみると、すぐに思いつく答えは、「いつも見せているそれらしい自分」であって、それが本当に自分の思っていることなのか自信がなくなってしまった。あるいは、いくつか答えが思い浮かんでも、そのどれを選ぶのが一番自分にしっくりくるのか迷った。この時、「本当に自分が思っている」とか「一番自分にしっくりくる」のを、どういう基準で判断するのかさらに悩ましかった。結局自分が選んだのは、今後の自分がどうありたいかということだった。そこで一番考えたのは、「私が誰かに何かを託すとしたら、誰に何を期待しますか?」と「私が人生で死ぬまでにやっておきたいことは何ですか?」であった。その点で今回のワークショップでは、0歳から100歳、生まれてから死ぬまでのタイムラインに自分を位置づけながら振り返ったのがよかった。そして自分のnarrative(語り)を紡ぎ出す時、それは過去の自分の歴史(story)でもあり、現在の自分の態度表明であると同時に、未来の自分への希望なのだと思った。その希望は、必ずしも明るいものではないかもしれない。けれども、無責任であっても、自らの期待し、許したいことでもいい。せっかく自由に自分をブランディングするなら、そうすればいい。最後に出来上がった自分のMy Narrative Bookを見た時、自分の人生がそんなふうに、ちょっと素敵なものにできた気がした。
Knowledge Forestの時と同様、みんなで一つの作品を作りつつ、最後はちゃんとプロダクトになるのは、さすがデザイナーである。会社やプロダクトのブランディングは、業績を上げるために表面をよく見せているだけに思われることもあるし、実際そういうこともあろう。しかしきちんとやろうと思ったら、過去と現在を振り返り、未来へ向けてコンセプトを練り上げ、言葉と形にしなければいけない。河本さんがしてきたのはそういう仕事であり、人生もまた、時おりそうしないといけない、そうしてみよう、というのがセルフブランディングの発想なのだろう。
デザインは、物事を美的に昇華して形にする営みであると言えるなら、My Narrative Bookは、言わば自分の人生をデザインし、それをかっこいい(=美的センスのいい)冊子としてアウトプットするものだ。そうすることで、自分の人生もかっこよくなる。人間と言うのは、正しい人生、いい人生よりも、意外に美しい人生を送りたいものではないだろうか。
河本さんは秋から、独立したデザイナーとして、このMy Narrative Bookのサービスを開始するらしい。もっと多くの人がセルフブランディングを通して、自分の人生を少しでも素敵なものにできるように。そのスタートに関わることができて、私としてもうれしい。