【報告】IHS愛媛研修に同行して——松山、今治、新居浜訪問報告
2024年9月16日から18日にかけて愛媛県松山市、今治市、新居浜市を訪問した。UTCPからは梶谷真司先生、上廣共生哲学講座特任助教の山田理絵さん、報告者の桑山が参加し、多文化共生・統合人間学プログラム(IHS)からは大学院前期過程の鈴木里奈さん、祁卉さん、張文渓さん、そして東京大学教養学部の研究生の劉欣然さんさんたが参加された。
今回の滞在旅程をコーディネートしてくださったのは、株式会社MIDORIYA代表取締役の和泉明子さんと、愛媛プランニング株式会社代表取締役の村上要二郎さんである。本報告書には、三日間を通し、教えていただいたことの中でも特に印象に残ったことや議論の論点となった点を手短にまとめたい。なお、今回の出張が可能となった経緯や、これからふれられる各事業のより詳細なコンセプトについては、同UTCPブログ上の山田理絵さんの報告書をぜひ参照されたい。
地理に疎い報告者は今回初めて四国を訪問した。滞在した愛媛県についても、着いてから初めて教えてもらうことばかりであった。四国には海も、山も田んぼも農地もあり、非常に豊かな土地である。岡山からの特急列車「しおかぜ」に二時間半ほど乗ると、松山市に到着する。その途中に見た鳴門海峡の景色は驚くほど美しく、映画でも見ているかのようでドキドキした。陸地は緑が豊かで、松山に着くと街が至ってひらけており、活気があるのがすぐに伝わってくる。松山城の存在感も強く、風格があって美しい。生活するにも快適そうな印象を覚えた。
一日目到着後、MIDORIYA事務所にて和泉さん、村上さんと合流した。二人をはじめ、二日目と三日目に車で愛媛を案内してくださった、Organon株式会社代表取締役CEO總山雄一さんも同席された。MIDORIYAの和泉さんはデザイナーであり、アートを通し障がいと共に生きる人々の社会参加をお手伝いする事業を担う。特に、統合失調症やさまざまなハンディキャップを生きる人々が集まって作るウィービング・アクセサリー(とそのガチャ販売)事業の生みの親として活躍されている。村上さんは「愛媛プランニング」つまり、愛媛の街のコンサルティングをしている、と言っていいだろう。瀬戸内海を守ってきたことでも知られる村上水軍の大元である村上海賊の末裔の方ということで、ご自身でも魚を釣り、捌き、漁業のコンサルタントをも務める。参加者同士で自己紹介をし、話をしていく中で、今回の愛媛滞在の主要な論点がはっきりとしてきた。まずは、精神障がいといったハンディキャップと共に生きる人々と、そうでない人々との間の何らかの交流が実現する現場から、お互いに今まで気づかなかった何かを気づくきっかけづくりを、事業を通して促進していくことの重要性とその可能性について。次に、現在日本人口の0,9パーセントしか従事していないという漁業に、どうすればより多くの社会的承認と実質的承認(お給料)の両方が行き届き、継続および発展可能な職種として転向可能か、という問いである。三つ目は、一つ目と二つ目の論点を合わせながら、愛媛の魅力をどのようにすれば様々な地域の人にも伝えることができるか、という問いである。本報告書では、このうち特に一つ目と二つ目に特に焦点を当てて報告したい。
写真はウィービング・アクセサリーを作る時に使用しているという海洋ゴミ(使わなくなった魚網)と今治タオルの糸屑を見せていただいたところ。実際に手にとって感触を確かめた。
二日目朝は<今治タオル取扱専門店>として知られる「伊織」に足を運んだ。和泉さんが率いるブランド「a lot of OPTiONS」の、統合失調症を生きる人たちによる手作りウィービングアクセサリーが入ったガチャを実際に見せていただいた。早速試してみると、いわゆる普通のガチャでは見られない、手作りの、まごころがこもった作品たちが姿を現し、嬉しくなる。同行した大学院生も皆喜んでガチャを開ける。ワクワク感と、出てきた作品のクオリティの高さから言うと、これをもっと、知らない人に広めればあっという間に大人気になるはず、と感じた。都内では丸の内の「伊織Kitte」にてa lot of OPTiONSのガチャに出会えるという。
松山市内の「伊織」お城下店。中に入ると左側にウィービングガチャが見える。
次に就労継続支援B型事業所の「風のねこ」を訪れた。可愛らしい、元幼稚園の建物の中にある「風のねこ」は、残念ながら現在、土砂崩れ地域に面しているため転居予定であるという。転居先は、MIDORIYA事務所の近くの方で、ビル街になるそうだ。「風のねこ」の建物の中に入り、いくつもある部屋のうち、まずは黒ばりの大きな部屋に通していただいた。「この病気にならないと理解できないと思います。どうせ、他人事でございましょう」という演劇で実際に稽古場や上映舞台ともなってきたこの黒ばりの部屋は、どこか特別な雰囲気を醸し出している。統合失調者による即興を含んだ演劇を運営する森本しげみさんに、演劇の現場、当事者たちと演劇の関係性や運営に至った経緯を学ぶ。幻聴に苛まれていた人の中には、聞こえてくる声に名前をつけたり、その声を演劇で読み上げたりするうちに、症状が軽くなる、あるいは、その「声」との関係性が変化してくることがあるという。中には、「自分にはできない」と言い続けていた人が突然前日になって「やっぱりできるかも」とこぼし出し、実際に本番に出演したという人もいるという。本番になるまで何がどうなるかわからないという現場をしなやかに生きる森本しげみさんは、もともと演劇を本業にされていたそうだ。演劇を通して当事者に寄り添い続けられたら、という願いから、このような事業が可能になったという。文化庁委託事業「令和5年度障害者等による文化芸術活動推進事業」精神障がいのある人の表現活動推進事業の報告書から詳細を見ることができる。
写真は統合失調症を生きる人々による演劇の舞台裏を語ってくださった森本さんと、お話に聞き入る梶谷先生。
ウィービングの作成現場も見せていただいた。最初は、ハサミなどは見ただけでも自分の手を切ってしまおうという衝動に駆られるといった状態にあった当事者の方々も、今では問題なくハサミを使って糸や毛糸を切って作品を一つ一つ丁寧に織り上げていくということを聞いて本当に驚く。静かで明るい元幼稚園の一室は、集まって作業する際も安心できる雰囲気があっていいのかもしれない、と感じた。
出来上がったウィービング・アクセサリーの一部はこんな様子。今治タオルの糸屑を元に作ったものは、繊細で可愛らしいイメージを与える。
和泉さんは、いわゆる「治療」のために始めたのではなく、目の前にあった材料を見て、何かできるかもしれない、という直感のようなものから、ハンディキャップを抱える人々のウィービング制作を提案された。これが、当事者が実際に他者と共同で、手作りアートに参加することと、遠い他者の日常に組み込まれていく、という社会参加の構造をもたらしたことをあらためて強調したい。そこへの参加を続けていくことで、当事者たちのそれまでの苦しみが軽くなったり、いわば「普通に」生きるようになっていったりする、というどこか「治癒」とも関係してくる点が非常に興味深いと感じた。
写真は「風のねこ」に向かう和泉さん。
二日目午後は、厳しい品質検査をクリアしたタオルしか名乗れない「今治タオル」として知られており、MIDORIYAのウィービング素材提供企業である大機タオル株式会社の工場見学に向かう。訪問中は専務の小坂奨吾さんに解説いただいた。
写真は大機タオルで作られている、2021年愛媛県主催の障がい者アートコンペにて最優秀アイデアに選ばれた横道泉美さんの作品を元に作った「puchi-puchi」タオルと、2022年最優秀賞の藤原大輝さんの作品を型に仕上がった「ファミリーレストラン」と「スーパーMAX」というタオルについて解説する小坂さん。
工場の中を歩くと、人間の手では決して及ばない技術が、巨大な機械と電力によって可能となっていることがひしひしと伝わってくる。と同時に、機械には決してできない、現場で重ねてきた修練なくしては決して及ばない、非常に細かな素手の力にも出会うことができる、驚きに溢れる見学となった。
三日目にお邪魔した愛媛県新居浜市にある漁業協同組合・垣生支所漁業は、現在正組合員9名の漁師からなる漁業組合である。どうすれば垣生支所漁業の組合の次世代への橋渡しが可能となるか、一同で案を出し合う会議が開かれた。もちろん、そのためにはお金の回し方に変化を起こすという課題が必ず待っている。漁師という職種がどれだけ重要であるかについて、テクノロジーが進んだ現代社会を生きる私たちは普段全く意識していないように思われる。知らない間にスーパーや食事処に並ぶ綺麗に捌かれた魚を口にし、海や魚の生臭さを意識する場はほとんどない。美味しいお魚を毎日食べられるのは、あらゆる感覚を研ぎ澄ましながら海から大量の命をとらえ、一匹一匹さばいて運搬してくれる漁師や運搬業を生活の現場とする人々があってのことである。
具体的な案として挙がったものの全てをここで紹介することはできないが、印象的であったのは、漁師たちが普段「漁れてしまって困る」と言うエイの皮をレザー商品にして販売する、という案である。
写真は、垣生支所漁業組合との会議の前に見学させていただいた、とれたてのお魚が集まる一角である。とれた魚の一次処理について話を伺った。黙々と魚を開き続ける漁師さんの背中を見ていると、なんとも言えない気持ちになった。
滞在中の二泊三日の間、和泉さん、村上さん、總山さんの3人には何から何までお世話になった。愛媛の魅力、人々の力強さを教えてくださった3人に、心より感謝申し上げたい。また、今治タオルの工場を紹介くださった大機タオル株式会社の小坂奨吾さんと、「風のねこ」で統合失調症に苦しむ人々による演劇を運営する森本しげみさんにも感謝申し上げたい。
三日間を通しお世話になった皆さん。愛媛や四国のこれからのためにも、東京からできることを模索していきたい。(報告: 桑山裕喜子)