【報告】IHS愛媛研修に同行して——研修の経緯とUTCPとの関わりを中心に
2024年9月16日から18日にかけて、IHS(多文化共生・統合人間学プログラム)の学生研修が愛媛県・松山市での研修が行われた。この研修はUTCPのセンター長であり、IHSのプログラムの教員でもいらっしゃる梶谷真司先生が主催された。IHSから3名の学生、総合文化研究科の研究生が1名参加し、UTCPから桑山裕喜子さんと報告者の山田が同行した。
この研修の詳細な行程はUTCPの桑山裕喜子さんの報告が充実しているのでそちらをご覧いただきたい。こちらの報告では、今回の研修に至った経緯、つまり愛媛県で様々な活動をされている方々とUTCPとのつながりについて紹介したいと思う。
まず、UTCPでは、2022年4月に松山刑務所の前所長である高野洋一氏にご登壇いただき「刑務所の現状と社会復帰支援」というタイトルで講演会を実施した。この企画は、報告者が、薬物依存からの回復に関する研究班の活動で、神戸学院大学の道重さおり先生とご一緒させていただいてきたのだが、道重先生と松山刑務所を見学したことをきっかけに、高野所長とお話する機会をいただき実現した企画であった。
この講演会は愛媛県松山市のコミュニティセンターで対面にて実施し、さらに現地の様子をオンラインで配信した。このとき現地で参加してくださったひとりが、デザイナーの和泉明子さん(株式会社MIDORIYA代表取締役)であった。UTCPスタッフの一人に、インクルーシブ・デザインを専門とするライラ・カセムさんがいるが、和泉さんはライラさんのつながりで、講演会に関心を持ってくださったのだった。そして、この時知り合った和泉さんが、今回の9月16日〜9月18日のIHS研修をオーガナイズしてくださった方である。今回の研修は、和泉さんから「ウィービング・ブローチ」という商品を紹介いただき、その制作過程についてお話をうかがったことをきっかけに企画が始まった。「ウィービング・ブローチ」については後ほど詳細を述べることとして、まずは和泉さんの主な活動についてご紹介したい。
和泉さんの会社では、a lot of OPTiONS というブランドを展開している。2019年に設立された同ブランドでは、アートワークショップの企画運営、作品展示、商品企画、工賃向上の取り組み、アートの作品制作や販売など多岐にわたる事業を行っている。特に、商品の企画・工賃向上の取り組みの一環として、愛媛県内の複数の就労継続支援B型事業所と協働し、様々な障害を持つ人が書いた絵画やイラストを使用した商品の開発、事業所のメンバーたちが制作する商品の開発を行っている。
例えば、「社会貢献型カプセルトイ」として、缶バッチをガチャガチャ(ガチャポン)に入れて販売をしている。この缶バッチには、精神障害を持つ人が経験した幻覚・幻聴などを描いたものがデザインされている。また、愛媛県今治市にある大磯タオル株式会社と、障害を持っているアーティストを繋ぎ、アーティストさんが制作した絵画をデザインしたタオルを販売している。こうした商品の開発の過程では、愛媛でさまざまな活動を行なっている方々も巻き込み、複数の事業とそれに関わる人々を繋ぎながら、それぞれにとってやりがいやメリットのある仕組みの構築を行っているのである。
高野所長の講演会の実施のため愛媛に滞在した期間、UTCPのスタッフたちで a lot of OPTiONS の事務所も訪問した。和泉さんと、同事務所の平岡典子さんのお話をうかがい、その幅広い活動にとてもワクワクしたのであった。
大磯タオル株式会社の小坂奨吾さん。2024年9月17日、研修で大磯タオルを訪問させていただいた。大磯タオルさんは、a lot of OPTiONS と共同で、障害を持ったアーティストの作品をタオルとして商品化している。
その後、2023年に、IHSで実施された第1回目の松山での学生研修で、再びa lot of OPTiONS におじゃました。この時の学生研修では、松山市にあるさまざまな障害や生きづらさに関する活動をしている団体、公的機関を訪問し、どのような仕組みやネットワークが構築されているのかを学ぶ研修であり、この企画に a lot of OPTiONS さんにもご協力いただいたのであった。
オフィスを訪問した際、和泉さんにご紹介いただいたのが複数の名刺をもつ謎多き人物・村上要二郎さん(愛媛プランニング代表取締役)であった。この村上さんが、今回9月のIHS学生研修をオーガナイズしてくださったもう一人の方である。村上さんは、愛媛の真鯛のブランディングや、地元の魚介類の加工品のプロデュースといった事業を中心に、多岐にわたって精力的に活動をされている。
村上要二郎さんのご先祖は村上水軍であるそうだ。村上水軍とは14世紀中頃から活動していた海賊衆のことである。もともとはひとつの家の人たちであったようだが、途中で、能島村上家、因島村上家、来島村上家の三家に分かれていき、16世紀ごろには活動から撤退したそうだ。現在は、その活動の歴史は日本遺産にも登録されており、今治市には村上水軍ゆかりの品々を集めたミュージアムがある。
村上さんがブランディングに携わっている宮窪産の「10ノット真鯛」を使った真鯛のどんぶり
a lot of OPTiONS の和泉さんと平岡さん、愛媛プランニングの村上さんは、B型事業所や漁港など、それぞれが関わる現場の方々をもまきこみ、さまざまな形でコラボレーションしながら商品開発を行っている。例えば、「海のアイス」という塩味のアイスクリームがある。これは、八幡浜高校と八幡浜大島済美高校の生徒さんが参加して制作されたアイスで、カップにはB型作業所である浜っ子作業所さんのメンバーが書いた絵がデザインされている。また、フレーバーも「あんことすじ青のり」、「藻塩とマーマレード」と海に因んだもので、地元の漁師さんも関わって商品開発が行われたそうだ。
そしてもうひとつのコラボ商品が、先に述べた「ウィービングブローチ」である。9月16日〜9月18日のIHS学生研修のプログラムでは、このウィービングブローチの制作に関わる場所を見学した。以下ではその詳細について見ていきたい。
和泉さんが、商品開発の仕事などを通じて、B型事業所に関わるなかで感じてきたことのひとつとして、工賃が安すぎるということがあるという。事業所のメンバーがなにか1つ作業をした際に、その仕事に支払われる対価(工賃)が〇〇銭という単位であることもある。和泉さんと研修の打ち合わせをしている時、彼女は「〇〇銭って、端数が出た時にどうやって支払うの!?と思った」とおっしゃった。このようにメンバーに支払われる工賃がとても低いこと、単価が低い仕事を引き受けざるを得ない状況になっていることを和泉さんは問題視しているのだ。
また、和泉さんが指摘したもうひとつの点として、事業所で引き受けている仕事は、しばしば比較的短調な作業、内職的な仕事が多いということがある。もちろんこのような仕事が悪いというわけではない。短調な作業を好む人、内職的な作業にやりがいを見出す人はいるだろう。しかし、そうであるならばより自分の個性を出すような仕事を好む人も必ずいるはずだ。問題なのは仕事の種類や選択の幅が少ないということなのである。
和泉さんがこうしたことを考えていたとき、タオル制作の下請けをしているある事業者さんで、タオルの切れ端が大量に「ゴミ」として発生していることを知ったという。この「ゴミ」は事業所の一部屋をいっぱいにするほどであったそうだ。部屋に収まりきらないものは廃棄していかなければいけないが、処分するためにはお金がかかるという。和泉さんは、何かこの状況を改善するアイディアはないかと考えて、「ゴミ」だったタオルの切れ端を綺麗にラッピングして、事業所のフリーマーケットで売ることを提案したという。お金をかけて廃棄していた「ゴミ」は、「商品」に生まれ変わり、事業所の収入となったのである。
似たような「ゴミ」はタオル会社にも大量に発生していた。先に挙げた大磯タオル株式会社の工場では、タオルの両端の切れ端の「ゴミ」が毎日大量に発生している。和泉さんが、これを使って何かできないかと考えた結果「ウィービング」という商品が生まれたそうだ。「ゴミ」として捨てられていたタオルの両端の切れ端を、織り機を使って編み込み、そこに留め具をつけてチャームを作ることにしたというのである。
大磯タオルを見学させていただいた際、見せていただいたタオルの切れ端。
このチャーム制作を始めたのは、松山市にあるB型作業所「風のねこ」のメンバーさんたちである。はじめに、「風のねこ」にウィービング制作のプロを招いて、メンバーに織り機の使い方をレクチャーしてもらい、その後オリジナルな商品の制作を始めたという。
なお、タオルの工場では、毎日いろいろな種類のタオルが作られるため、「ゴミ」であるタオルの両端の切れ端も、さまざまな素材で色とりどりのものが排出される。これはつまり、ウィービングで使える素材がたくさんあるということであり、チャームも無数のパターンが仕上がるということである。メンバーさんの手によってハンドメイドで制作されるウィービング・ブローチは、二つとして同じものがない。これがカプセルトイとして500円で販売されている。「ゴミ」として捨てられるはずのタオルが、事業所のメンバーによって世界でたったひとつのアイテムに変身するのである。9月16日〜9月18日のIHS学生研修では、2日目に松山市にある「風のねこ」を訪問し、メンバーさんがウィービング・ブローチを制作している様子を見学させていただいた。
研修中、株式会社MIDORIYAの事務所におじゃまし、ウィービング・ブローチの材料であるタオルの切れ端を見せていただいた。
9月17日、風のねこでメンバーさんがウィービング・ブローチを制作している様子を、IHSの研修参加者を見学させていただいた。
また、「ウィービング」は「海洋ゴミ」を素材として作られているものもある。これが、a lot of OPTiONS と村上要二郎さんのコラボで生まれたもうひとつの商品である。漁業に使われていた網など「海洋ゴミ」として廃棄されている素材が使われたウィービング・ブローチは、タオルとはまただいぶ異なった質感を持っている。研修では、このウィービング・ブローチを制作している今治市にある就労継続支援B型作業所「エコステーションはるかす」も見学させていただいた。
ウィービング・ブローチの制作に継続的に関わってきた和泉さんによれば、このプロジェクトを進める過程で、和泉さんと参加メンバーとの関わり方、参加メンバー同士のコミュニケーションのあり方にも変化が生じてきたと感じられるという。特に、参加メンバー同士の関わり方について、ウィービング以外の作業では個々に黙々と作業をすることが多かったそうだが、ウィービング・ブローチの制作が始まってしばらくして、メンバー同士の声掛けが増えるなど、以前よりも相互交流が豊かになったようだ、と和泉さんは語った。
今回の研修ではウィービング・ブローチという手のひらサイズのマスコットをめぐり、そこに関わる多くの人々にお会いすることができた。また、ウィービング・ブローチにも関わる村上さんのご案内で、愛媛県漁業協同組合の垣生支所(新居浜市)と宮窪支所(宮窪市)も訪問させていただき、漁師さんのお話を直接うかがう機会もいただいた。お互いに顔の見える関係の中で、それぞれの現場での課題の解決を念頭におきながら、さまざまな企画や商品が生み出されていることを実感できたことはとても貴重な経験だった。
この研修をオーガナイズしてくださった a lot of OPTiONSの和泉さん、平岡さん、愛媛プランニングの村上要二郎さんに心より感謝申し上げます。また、研修にご同行くださった村上さんのご友人であり、瀬戸内海の弓削島にゆかりのある總山雄一さん(Organon株式会社代表取締役CEO)には愛媛県内の移動で大変お世話になりました。最後に、研修で訪問させていただいた、大磯タオルの専務取締役である小坂奨吾さん、B型事業所の「風のねこ」さん、「エコステーションはるかす」さん、愛媛県漁業協同組合の垣生支所および宮窪支所の皆様には、大変丁寧に取り組みについてご説明いただいたことを、改めて心よりお礼申し上げます。(報告:山田理絵)