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【報告】「だますことの背景〜受け⼦・掛け⼦の実際を⼿がかりに〜」(後半)

2024.03.19 梶谷真司, 宮田晃碩, 山田理絵

 2023 年 10 ⽉ 29 ⽇(⽇)13:30〜16:00、講演会「だますことの背景〜受け⼦・掛け⼦の実際の実際を⼿がかりに〜」が駒場Ⅰキャンパス 21KOMCEE West K303 にて開催された。話題提供者として道重さおり⽒(神⼾学院⼤学)、討論者として⼩林佳世⼦⽒(南⼭⼤学)、本⻄泰三⽒(関⻄⼤学)、髙野洋⼀⽒(松⼭刑務所)に登壇していただいた。
 当日の内容を前半と後半に分けて報告する。「だますことの背景〜受け⼦・掛け⼦の実際を⼿がかりに〜」(前半)はこちら

 続いて、経済学者の本⻄泰三⽒(関⻄⼤学)のご講演内容を紹介したい。本⻄⽒のご専⾨は、経済政策、⾦融、消費者⾏動に関する領域である。近年では特に、お⾦に関する知識や教育がその⼈のお⾦に関する⾏動にどのような影響を与えるのかという⾦融知識(⾦融教育)と⾦融⾏動との関係に関⼼を持たれているという。研究活動に加え、若年層に対する⾦融教育を⾏われており、⼩中学校、⾼等学校に出向いて、キャッシュレスとは何か、「必ずもうかる」話の裏側、オンラインゲームなどの「無料ガチャ」の仕組みなど、⾝近な話題を切り⼝にお⾦に仕組みの教育をなさっている。

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 まず本⻄⽒は、問題のある⾦融⾏動の例として、儲け話を信じて損失を出す(FXや暗号資産など)、リスクの⾼い⾦融商品を購⼊する(仕組み債、個別株、⼀部の投資信託など)、マルチ商法に関わる、投資に関する「勉強」の集いに参加することやその勧誘を⾏うことなどを挙げられた。
 これらの事例の中で、特に、特殊詐欺と構造的に似ているのはマルチ商法の仕組みだという。特殊詐欺もマルチ商法も、その仕組みの末端で関わる者がリスクが⾼くリターンの低い役割を任されることになるのだ。マルチ商法は、それに関わる⼀部の⼈(上層部)はお⾦を儲けているのかもしれないが、末端の⼈はほとんど儲からないばかりか⼤きな経済的損失を被ることがある。これと⽐較したとき、特殊詐欺という組織的犯罪の場合は、上層部は、⼈々から騙し取ったお⾦のうち多くの⾦銭を取得する可能性があるが、「受け⼦」や「出し⼦」のような末端に位置する⼈々には、相対的に少ない(違法に⼊⼿した)お⾦しか分配されない。それにもかかわらず、上層部と⽐較して末端で犯罪に加担する⼈々の⽅が、圧倒的に警察に逮捕される可能性も⾼くなる。
 つまり、末端の⼈々は⾼いリスクを犯して、リターンも少ないという、ほとんど割に合わない犯罪をしているというのが本⻄⽒の⾒解である。その上で⽒は、特殊組織の末端にかかわる者は、⼈をだます⽴場にいるが、同時に犯罪組織から騙され、搾取される⽴場であるともみることができると述べた。

 では、特殊詐欺を含む詐欺⾏為に加担してしまう⼈には、どのような傾向があると⾔えるのだろうか?そもそも⾦融⾏動とは、成功する時もあれば失敗する時もある⾏動、つまりリスクを不可避に伴う⾏動であるという。また、リスクとともに⼀定の時間を要する⾏動である。例えば株式投資などは、今売るべきか買うべきか慎重な判断や、我慢が必要になってくることもある。しかし、本⻄⽒によれば、⼈はリスクや時間が関わる判断が苦⼿な傾向にあるという。それが顕著に現れる例として、成功確率が極めて低い投資の話に乗ってしまったり、お⾦が貯まるまで、時間をかけて貯⾦をすることができず散財してしまったり、という⾏動が挙げられる。もちろん⼀般的に、⼈間にこのような苦⼿さがあるからといって、またはこのような⾏為を過去に経験したことがあるからといって、それに当てはまる全ての⼈が詐欺⾏為を⾏うわけではない。しかし本⻄⽒は、「詐欺は、我慢ができないため貯⾦できない⼈が、成功する確率が低いことに気づかず引き起こす⾏為」と捉えられる側⾯もあるのではないかと指摘した。

 詐欺のカラクリに巻き込まれてしまったり、「おいしい話」に惹かれた結果損をしてしまったり…ということを防⽌するために、どのようなアプローチが有効だろうか?その⼀つが「⾦融教育」である。本⻄⽒は、ご⾃⾝が実際に中学校や⾼校などで実施されてきた「お⾦の出前講義」の様⼦をご紹介くださった。
 本⻄⽒が、⾦融教育の場で「簡単・確実に儲けられる⽅法は絶対ない」と話すと、⽣徒たちからは「意外」という反応が返ってくることがあるという。⽣徒たちは<⾃分がお⾦儲けをしたいと思うように、他者も同じことを考えているのだ>というように、他者の⾦銭欲を想像することが不⾜している、という。この種の想像⼒を補うためのレクチャーを⾏ったり、⾦融に関する知識を提⽰したりすることによって、若い⼈たちがだまされるのを防ぐ⼀助になるだろう。他⽅で本⻄⽒は、⾦融知識がある⼈の⽅が「確実に儲かる⾦融商品」に興味を持つことがあるという例を挙げ、⾦融教育を受けることによって、かえって⾃信過剰な状態となる場合があることを⽰唆された。
 ⼈々が「だまされない」ようにするための教育では、どのように⾦融教育を実施するかという点も重要であるという。その上で、本⻄⽒が⼩林⽒とともに実施した研究結果 (Kobayashi and Motonishi 2023) も参照しつつ、教育の対象者に対して、他者の「⾦銭欲」を認識させることが有効なのではないか、つまりうまい話をしてきたり、詐欺に誘ってきたりする⼈は「強欲」であり「⾷い物にされている」と教えることによって、より上⼿い話があった時に、一層慎重にその話を検討する傾向となるのではと⽰唆された。

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 最後に、全体の総括も兼ねて松⼭刑務所所⻑の髙野⽒からお話をいただいた。⽒によれば、ここ 7〜8 年の間に官の領域で特殊詐欺についての研究が始まったという。調査が始まって以来、特殊詐欺の件数⾃体が著しく増えているわけではないが、件数が⾼⽌まりしている状況が続いているそうだ。
 特殊詐欺の⼿段としては電話が主流で、全体の 85%ほどは固定電話が使われているという。犯⼈(グループ)は、電話を通じて被害者に接触を図り、その結果、被害者に対⾯することなしに信頼感を抱かせようとするのだ。被害者は全体の 85%が 65 歳以上、全体の 55%が 75 歳以上であり、⾼齢の⽅々の占める割合が⼤きい。特に被害者の多くは⼥性の⾼齢者であるといい、特殊詐欺グループから⽼後の⻁の⼦の蓄えを奪われるようなケースが⾒られるという。

 特殊詐欺に加担した犯⼈たちの動機を⾒ていくと、友⼈に誘われて、というきっかけが⼀番多く、続いて SNS の「⾼額バイト」に応募したというきっかけが続くそうだ。こうして受け⼦や掛け⼦となった⼈々は、特殊詐欺グループの上層部と接触することなく、犯罪のプロセスに加担する。彼らが逮捕、起訴されて裁判にかけられた場合、全体の半分くらいが執⾏猶予つきの判決を受け、半分が実刑判決を受けるという。このような詐欺グループの末端の受け⼦・掛け⼦に対して、主犯格やそれに近いグループ上層部の犯罪者たちが、芋蔓式に逮捕されることもあるという。彼らが裁判にかけられるとまず実刑が確定するそうだ。
 髙野⽒が述べたように、特殊詐欺は、残念ながら我々の⾝近で起こっていることだ。今回の講会に参加してくださった⽅の中にも、親御さんがご⾼齢となり、特殊詐欺は他⼈事ではないという思いから、その実態について学びにきたという⽅もいらした。こうした状況がある⼀⽅で、⾼野⽒は、まだまだ特殊詐欺の実態が充分に社会に周知されているとは⾔い難いのではないか、これまでも特殊詐欺防⽌のための公的な対策が実施されてきてはいるが、⼀層⼒を⼊れて実施していくべきなのではないかとおっしゃった。

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 特殊詐欺防⽌の対策に加えて重要な課題となっているのが、受け⼦や出し⼦となって逮捕され、刑務所で服役している加害者への改善指導、そして被害者側への被害回復である。特に後者については、刑務所で働きかけることが難しい側⾯があるという。なぜなら、刑務官は⺠事不介⼊と⾔われてきたからだ。刑務所で実施される改善指導の中で、被害弁償について触れられることはあるが、刑務官の⺠事不介⼊の原則に基づき、受刑者に積極的に働きかけてはいないという。
 その⼀⽅で、被害回復の実態として、全部被害回復を受けられた被害者は 6 ⼈に 1⼈程度であり、それ以外は⼀部もしくは全く被害回復を受けていない状況だというのだ。実際に髙野⽒が刑務所で会った元受け⼦や出し⼦の受刑者の中には「なぜ(組織的な犯罪であるのに)⾃分だけが被害弁償をしなければならないのか」と⾔う⼈もいたという。こうした現状を前に、被害者への弁償に関する事柄に、刑務所の職員の⽅々がどう対応すべきかが難しい課題となっているようだ。

 最後に髙野⽒は、受け⼦出し⼦となっていく犯罪者の背景についての印象として、どちらかというと、著しい⽣活困窮を背景に犯罪に⾄ったというよりも、借⾦を重ねながら⽐較的良い⽣活を維持しようとするような犯罪者像がイメージされるという。先の道重⽒の講演でも「動機は⾦ほしさが多い」というお話しがあった。髙野⽒は、特殊詐欺に加担した⼈々の再犯を防⽌するために「楽して稼げる」という考え⽅をどう捨てさせるか、不良⾏為をどうやめさせるかという視点も重要ではないかと述べた。

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 講演終了後には、登壇者と参加者の皆さんとの間で質疑応答が⾏われ、終了時間まで様々な観点からの議論が⾏われた。この報告でも述べたように、昨今の状況に鑑みれば特殊詐欺は決して他⼈事ではない。被害者側となってしまう可能性はもちろん、詐欺の仕組みの巧妙化や多様化、そして様々な⼈的ネットワークやSNSに⼊り込むような詐欺グループの⼿法の普及に伴って、我々⾃⾝も意図せず詐欺の⼀端に加担してしまう可能性も⾼まっているように感じられる。今回の講演会は、道重先⽣や髙野先⽣にご登壇いただき、全体の動向と現場での経験をふまえたお話をうかがえたことにより、特殊詐欺に対する啓発の⼀環となり得たと思う。
 また、⾏動経済学の観点から⼩林先⽣、本⻄先⽣にお話をいただいたことにより、詐欺犯罪だけにとどまらない、より広い意味での「だます」こと「だまされる」ことについて、参加者と共に考え討論することが可能になったとも思う。

 最後に、この講演会は UTCP Series Second View というシリーズ企画の第2回として実施された。このシリーズは、「ちょっと違った視点から新たな景⾊をみつめてみよう」というコンセプトが掲げられている。今後もこのシリーズでは、様々な社会課題とされていることや、現場で活動をされている⽅々にお話をうかがい、既存の視点とは異なる視点で物事を⾒ていくことを⽬指したい。
 ご登壇いただいた先⽣⽅、参加者の皆様に改めて⼼よりお礼を申し上げます。

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(報告:山田理絵)

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