【報告】サイエンスとジブンの交差点 -気づく・深掘る・発見する
年の瀬が迫る2023年12月17日にジブン×ジンブンは東京大学駒場キャンパスにて「サイエンスとジブンの交差点――気づく・深掘る・発見する――」というイベントを開催した。タイトルから分かるとおり、今回のイベントはサイエンスと自分との関わり方を参加者自身に見つけてもらうことを目的としたものである。
ジブンジンブンは「人文学をジブンごとに」をミッションとした団体で、人文学の面白さや人文学を手軽に楽しめることを伝える活動を行っている。元は東京大学の学園祭にて展示を行っていたが、メンバーが大学院を卒業するタイミングで活動の場を中学校・高校や博物館に移している。活動の一つとして、今回のイベントで利用したジンブンアトラスを用いた人文学のアウトリーチがある。
ジンブンアトラスはA0サイズのポスターに印刷されたテクストに対して気づいたことを付箋に書いて貼り付けていくシンプルなワークショップである。そして付箋の内容をもとに対話を行うことで、他者を通じて自分の興味関心に近づきテクストと自分との関係性を見つける、いわばテクストを「自分ごと」にしていくきっかけを掴むワークショップである。
もともと学園祭では人文学がテクストに依らない豊かさを持つことを示すために、専攻の異なるメンバーが同一テクストに対して各自の解釈を記載する展示であった。とある機会に「ジンブンアトラスはそのままワークショップに出来るんじゃないか」という母校の教師の助言があり、人文学のエッセンスを体験できるワークショップとして現在は展開中である。
これまで古地図・車内広告・漫才・歌詞など媒体を問わない様々なテクストを利用することで、中高生から年配の方まで幅広い人にワークショップを体験してもらった。
今回ジンブンアトラスを実施するきっかけとなったのは、UTCPの梶谷先生のアドバイスである。ジブンジンブンのメンバーが学部時代にゼミに参加していたことから、昨年末に知り合う機会をえ、これまでUTCPのイベントの一部として幾度かワークショップを実施してきた。今回はじめてジブンジンブンとして主催イベントを行うことになった際に、ジブンジンブンが扱ってこなかったサイエンスの題材を用いてはどうかと先生からアドバイスいただいた。
私としてもジンブンアトラスのワークショップの本質が人文学にとどまるものではないことは直感的に理解していたし、自身の出自がサイエンスよりなこともあって、提案に乗っかる形で今回のイベントの実施へと至った。
当日は私の簡単な説明から始まり、すぐにジンブンアトラスを実践した。今回用いたテクストは国立科学博物館から定期発行されている「milsil」という雑誌の見開きである。4チームに分かれてそれぞれ以下の4つの異なるテクストに対して実践した。スタッフがファシリテーターとして各チームに参加した。
・2021年6号 「ダンゴムシはどうやって迷路を抜ける?」
・2023年3号 「水の色や夕焼けを再現してみよう」
・2019年3号 「科学・技術史分野の資料としての明かり」
・2021年6号 「動物にとって島とは何か?」
今回用いたテクストは広く「サイエンス」というくくりであるのは間違いないが、チームごとに付箋や対話の内容は大きく異なっていた。例えば「夕焼け」のテクストのチームは「美しさの定義」について話し合っている一方で、「明かり」のチームは「サプライチェーン」について対話を行っていた。イベント開催するにあたってテクストに一通り目を通していたが、当日イベントで行われていた対話内容は自身の想像を大きく超えるものであった。こうしたテクストや対話内容の多様性はジンブンアトラスの特徴の一つだろう。
ジンブンアトラスにてサイエンスの題材を扱うのは初めての試みであったが、当日の様子を見るに全く問題なかったように思われる。イベントでも説明したが、サイエンスコミュニケーションの一つの問題点として「自分ごとになりきっていない」ことがあげられると考えている。それには様々な原因があると思うが、自分との関係性が見つかっていないからではないだろうか。だからこそイベントの場に訪れそこでは楽しくとも次のアクションに繋がらないのかもしれない。
サイエンスコミュニケーションが抱える問題点に対して今回のイベントは一つの解を与える機会であったように思う。専門家が現状についてわかりやすく説明したり、輪に加わって議論したりするのではなく、あくまで非専門家が集まってテクストをじっくりと咀嚼していくことから始まる、新たなサイエンスコミュニケーションの形を見た思いだ。
今日科学技術が私たちの社会に関与する度合いを増すにつれてサイエンスコミュニケーションの必要性も高まっているが、その手法として「教える・教えられる」の関係性から抜け出せているものは多くない。人文学はサイエンスとは真反対にあると思われがちだが、今回のイベントからも分かる通り、人文学のエッセンスである「自分ごと化」はサイエンスにも展開できるはずだ。
今後も人文学の手法を用いた、人文学に限らない様々な物事の自分ごと化への取り組みを続けていきたい。
最後に企画実施にご協力いただいた、梶谷先生を始めとするUTCPの皆さま、科学技術インタープリタープログラムの柏くん・加藤さん、UTaTanéの皆さまに心から感謝申し上げます。
(文責:ジブンジンブン代表 原田央)