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【報告】松山刑務所・髙野洋一所長ご講演「刑務所の現状と社会復帰支援」①

2023.09.22 梶谷真司, 堀越耀介, 宮田晃碩, ライラ・カセム, 山田理絵

 2023年3月30日、UTCPのシリーズ企画「Second View」の第1回講演会が開催された。ご講演は「刑務所の現状と社会復帰支援」というタイトルで、松山刑務所(愛媛県松山市)の所長・髙野洋一氏にご講演いただいた。会場は愛媛県松山市の松山市総合コミュニティセンター内で、会場の様子をオンラインで配信するハイブリット形式で実施した。当日の内容を4回に分けて報告する。

 「UTCP Second View」は2023年に新しく立ち上げた企画であり、この講演会はその初回として実施された。このシリーズでは、社会の中でいかにして多様な人たちが共生していけるかという大きなテーマについて、これまでとは違う別の観点(Second View)から考えることを目的とし、この課題に関わっていらっしゃる方を広くお招きする。第1回では、罪を犯した人々について考え、罪を犯した人がその償いを終えた時、どのような仕方で社会の中に戻っていけるのか、社会復帰にどのような課題と解決策があるのかということを考えるため、髙野所長にご講演をお願いした。

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 UTCPからは、センター長の梶谷真司氏、特任研究員の堀越耀介氏、Laila Cassim氏、宮田晃碩氏、特任専門職員の秋場智子氏、特任助教の山田理絵と、梶谷氏が受け入れ教員となりスイスから短期留学中であった、ルツェルン大学博士課程学生Leonie Mathis氏の7名が参加した。なお、講演会の前日には松山刑務所を見学する機会をいただいた。多くのスタッフにとって刑務所に入ることは初めてであった。刑務所の主要施設や、実際の刑務作業の様子などを事前に拝見できたことは、各スタッフにとって、刑務所や出所者を取り巻く環境で起こっていることについてより深く考え、それぞれの専門分野や社会活動などにひきつけて物事を捉えるため貴重な機会となった。
以下では、企画・運営に携わった山田(報告者)が当日の講演会の内容を報告する。所長のお話やスライドの内容を引用させていただき、当日のご講演を再構成する形で、報告を進めていきたい。

 はじめに髙野所長のご経歴をご紹介したい。所長は、平成5年に法務省矯正局に入局されて以降、さまざまな地域や部署にてご勤務され、平成29年からは「法務総合研究所」の研究官としてお仕事をなさっている。研究官でいらした当時、犯罪についての統計データを扱う「犯罪白書」の作成などに携わられていたというが、そのころに、刑務所のことについて一般の人々があまり理解していないのではないか、また法務省もあまり発信をしていないのではないかということを感じられていたという。研究官として過ごされた後に、刑務所の現場で勤務されるようになり、コロナ禍3年目となる令和4年4月に松山刑務所所長に着任された。
 髙野所長は、今回のご講演で「1 刑事司法手続きと近年の犯罪傾向」、「2 刑務所出所者が抱える生きづらさ」、「3刑事施設における矯正処遇」、「4 再犯防止と刑事施設における社会復帰支援」の4つの項目に分けて、刑務所や受刑者の現状と、刑務所における受刑者の社会復帰支援について詳細にご説明くださった。

1 刑事司法手続きと近年の犯罪傾向
はじめに、髙野所長が日本の刑事司法の仕組みを説明してくださった。まず、犯罪をした人が警察官に捕まると、警察官は捕まえた犯人を検察官に送致し、検察官は犯人の裁判の準備を進める。検察官は、犯人について調査を進めた後、犯人を起訴する/しないという判断をする。検察官が起訴すると決めると裁判が行われ、裁判で被告人の罪が確定するという流れがある。
 裁判で有罪と確定した場合、被告人に言い渡される刑罰の種類には、「罰金、科料」、「懲役、禁錮、勾留」、「死刑」がある。「罰金、科料」、「懲役、禁錮、勾留」については、すぐに「実刑」とされる場合と、「執行猶予(除、拘留、科料)」が付される場合がある。後者の場合には、例えば、罪を犯した人は2〜3年ほどの一定期間一般社会で生活することとなるが、その期間新たな罪を重ねることなく過ごせば、刑務所に行くことはない。他方で、裁判で「懲役、禁錮、拘留」の刑が下され、執行猶予が付されなかった場合には、罪を犯した人は刑務所に入ることとなる。
 ではどのくらいの人が検察に送致され、その中からさらに刑務所に入ることになる人がいるのだろうか?令和3年には、警察から検察庁に送られてきた人は76万人であり、刑務所に入った人は1万6千人である。刑務所で刑罰を受けることとなる人は、警察から検察に送致され検察で受理した犯罪者のうち、2%ほどの人だ。つまり、逮捕された人のうち、刑務所まで辿り着く人はごく限られた一部の人であるということである。
 髙野所長は、処遇を具体的に考えるための事例として、窃盗犯のケースを挙げられた。窃盗を犯して捕まった人は、実はすぐに(初犯で)刑務所に入るのではなく、何回か繰り返す中で刑務所に入ることになるそうだ。窃盗犯の場合、お巡りさんが捕まえても、検察には送致されない処分(微罪処分)、警察官が捕まえて検察官に送致しても、検察官は起訴しないという処分(不起訴)、起訴されて裁判にかけられて罰金となる処分(罰金刑)、が何度か繰り返されることがある。また、裁判で有罪判決が下された場合にも、「保護観察付執行猶予」となることがある。髙野所長によれば、窃盗犯の中には、①微罪処分、②不起訴、③④⑤罰金刑3回、⑥執行猶予、⑦保護観察付執行猶予を経て、初めて刑務所に入るという受刑者も存在するという。このように、複数回犯罪行為を重ねた後に刑務所に入るケースがあるということは、視点を変えれば、窃盗の事犯者であって刑務所まで辿り着いてしまう人は、何度も窃盗を繰り返し、その結果司法関係者が「改善更生」が非常に難しい人だと判断するくらい盗みを繰り返してしまうような人であるということになる。

 続いて、起訴/不起訴の割合についての説明があった。令和3年には、検察官に送致された人のうち、33%(244,425人)が起訴され、67%(492,096人)が不起訴であった(令和4年版犯罪白書)。髙野所長によれば、日本では検察庁、検察官が、犯罪について大きな判断権限を持っているという傾向にあるという。逮捕されたからといって自動的に裁判に進わけではなく、検察での厳格な捜査が行われた上で、裁判に進むか否かの判断が下される。
 裁判に進み、有罪が確定した人(確定裁判)について、実際どのような刑が執行されるかというと、罰金刑が77%(165,276件)であり、懲役・禁錮刑は20%(懲役 43,556件、禁錮 2,670件)である。刑法犯の人数のデータを見ると、平成14年が一番多く、その年を境に犯罪がずっと減っていることがわかる。近年は、刑法犯の数が戦後最少件数を更新し続けているが、令和3年は新型コロナウイルスの影響のためか、さらに減少したという。こうした影響が相対的に弱まったと思われる令和4年は、その速報値では、犯罪が増えている傾向にあり、特に、自転車の窃盗、特殊詐欺、性犯罪などが増えているという。
 裁判を受けた人の数(裁判確定人数)の推移を見ると、平成24年では約40万人いたが、令和3年には約21万人となっている。先に見たように、犯罪件数が減少しているため、裁判で刑が確定する人も減少しているのだ。
 裁判を受ける人の中には、厳格な審理ののち、「無罪」とされる人も一定数存在する。近年の動向を見ると、裁判確定人数が半減しているのに対し、そのうち無罪となる人はおおよそ100名前後で推移している。ここから言えるのは、①裁判にかけられた後無罪になる人の割合が、若干増加していること、その一方で、②裁判において無罪の判決を受ける割合は非常に少ないことである。令和3年については、無罪の判決を受けた人は、裁判確定人数のうち0.04%を占めるに過ぎない。髙野所長によれば、日本は、警察から検察に容疑者が送致された後、検察が厳格な捜査を行い、その上で検察が、裁判に進んでもほぼ有罪になるだろうと判断した容疑者が起訴されるという傾向があるといい、結果的に裁判に進む人については、ほとんどの場合が有罪判決を受けることになる。

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 続いて所長は日本の近年の犯罪の罪名の傾向について説明された。
 例えば「強盗」の件数は他国に比べて、日本は桁違いに犯罪率は少ない。この点から見れば、日本は極めて安全な国だと言えるそうだ。
 一方で近年増えている犯罪として最も顕著なのは「大麻」である。令和3年は5783件で、令和2年と比べると10%増加している。大麻取締法違反検挙人員の推移については、20代が顕著に増加する傾向にあるという。若年層の検挙が増加しているということがあり、所長自身も含め、近年では、中学生や高校生に薬物防止の講義を行う取り組みを進めているという。それに加え、近年増加しているのは、「児童虐待」である。コロナ禍でさらなる増加が日本で指摘されているが、こうした傾向は世界的にも見てとれるそうだ。
 では子どもたち、若年層による犯罪の傾向はどうなっているのだろうか?髙野所長は、犯罪白書に記載されている「暴走族の構成員数・グループ数の推移」を提示し、平成14年から令和3年までにそれらが顕著に減少していることを指摘された。近年、少年院に入っている子どもたちの傾向として、いわゆる「ワル」というよりも、幼少期になんらかの逆境体験があり、そのような影響があって非行に走る人々や、特殊詐欺の受け子・出し子となり詐欺の片棒を担いでしまう人々が目立つという。
 その一方で、子どもによる家庭内暴力は増えているようだ。「少年による家庭内暴力」の認知件数は、平成14年には1300件ほどであるが、令和3年には4100件ほどである。小学生、中学生、高校生による暴力、いずれも認知件数は増加しているが、特に小学生による暴力の認知件数の増加率が高く、ここから家庭内暴力が低年齢化していると見ることができるという。

 では、罪名と性別にはどのような傾向が見出されるだろうか?「入所受刑者の罪名別構成比(男女別)」を見ると、男性受刑者(14,486人)の約34%が「窃盗」、約24%が「覚醒剤取締法」違反で受刑しており、女性受刑者(1,666人)については、約48%が「窃盗」、約36%が「覚醒剤取締法」違反で受刑している。ちなみに女性受刑者で薬物を理由に捕まった人は、自分のために薬物を使用するというよりも、付き合っている人の関係上、薬物を使う人が多いそうだ。
 最後に、これは次のトピックに関わることであるが、矯正にかかわる方々が近年特に注目しているのは、65歳以上の犯罪者が年々増えているという点だ。特に、女性で「窃盗」で捕まる人が増加しているそうで、女性の刑務所では高齢女性の入所が目立つという。

(報告:山田理絵)

【報告】松山刑務所・髙野洋一所長ご講演「刑務所の現状と社会復帰支援」②に続く。

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