Blog / ブログ

 

【報告】<哲学×デザイン>プロジェクト38「仕事も研究もあきらめない!〜文系博士の多様なキャリア形成と支援」

2023.01.13 梶谷真司, 堀越耀介, 宮田晃碩, ライラ・カセム, 山田理絵, 中里晋三

 2022年11月23日(水・祝)、<哲学×デザイン>プロジェクト38「仕事も研究もあきらめない!〜文系博士の多様なキャリア形成と支援」がオンラインで開催された。ゲストとして、株式会社イノベーターズ・キャリア・サポート、代表取締役の松尾誠二氏をお迎えした。

 イベントは約2時間にわたって開催された。前半では松尾氏にご講演いただき、後半では、チャット欄を使って参加者から質問や意見を募りつつ、松尾氏、UTCPセンター長の梶谷真司先生との意見交換が行われた。イベントには70名以上の方にご参加いただいた。

 はじめに、ゲストである松尾氏のご経歴について紹介させていただきたい。松尾氏は、大学卒業後にリクルートに入社され、主に求人広告を扱う仕事に携わっていらっしゃった。同社で20年ほどお仕事をされている間に、約1000社以上の求人に関与されてきたという。その後、独立され、研修やコンサルを行う企業である株式会社シーテラスを設立された。また、大阪大学にて、研究型インターンシップを実施する業務に携わるというかたちで、10年間、理系の博士支援をなさってきた。このようなご経歴があり、松尾氏は、民間企業で博士のキャリア支援を応援する仕事ができれば良いと考えて、株式会社イノベーターズ・キャリア・サポートを立ち上げられたという。

 今回松尾氏をお招きし、UTCPの主催で、文系博士のキャリアをテーマとしたイベントが開催された背景として、松尾氏と梶谷先生、それぞれのお立場で共通した問題意識をお持ちだったことがある。
 まず、松尾氏は、これまで主に理系の博士のキャリア支援に関わるお仕事をされてきたが、日常的に文系の博士からの問合せもあったという。その一方で、博士のキャリア支援、といえば、実質は理系博士の支援のことを指しており、文系博士のキャリア形成に関して詳しい状況を集めたり、文系博士のキャリア支援を中心に行なったりする機関がない状況を懸念していた。実はほぼ全業種において、文系博士の就職実績はあるようであるが、そのようにキャリアを形成していくのはまだまだごく一部の人々に限られているようだ。このような現状から、松尾氏は、文系博士側が企業で仕事をすることを考える機会を持てていないのではないか、また企業側も文系博士のことをよく知らないのではないか、という問題意識を持っていたという。
 また梶谷先生は、大学教員として博士課程学生の教育に携わるなかで、特にここ10年ほど、博士のキャリア形成の状況に懸念を持ってきたという。具体的には、たとえ学生側が大学に就職することを目指して研究に打ち込んでいても、なかなか希望通りには行かない現実があること、また、学生が研究職以外の仕事に就くことを、イコール研究をやめること、という認識を持っていることなどである。こうした現状を目の当たりにして、博士課程まで進んで色々なスキルを身につけているにもかからず「もったいない」と思うことも多々あったそうだ。
 このように、松尾氏と梶谷先生は、それぞれのフィールドで問題意識をお持ちであったが、お二人が学生時代のお知り合いという縁もあり、最近になって再会され、このテーマについて話し合う機会を持ったという。このような背景があり、本日、文系博士のキャリア支援の取り組みの第一歩として、参加者との意見交換型のイベントが実施されたのである。

 前半のご講演の冒頭で、松尾氏が文系博士の参加者に今日伝えたいこととして、次の3点のメッセージを掲げられた。それは、「1)文系博士のキャリアの選択肢は広い」、「2)博士のトランスファラブルスキルを活かす」、「3)企業を知る」ということだ。このメッセージに沿って、松尾氏のご講演の概要をまとめてみたい。
 はじめに、「文系博士のキャリアの選択肢は広い」というメッセージである。
ある特定の専門領域に関する知識を身に付け、自ら研究テーマを設定して、調査をしたり周囲の人々と議論を行ったりすることは、多くの場合とても充実した時間になると思われる。しかし、研究を続けて、学年や年齢が上がっていく過程で、研究の進捗状況や、研究に関する様々な制度、そして日常生活に関することなどで、不安を抱える出来事や先が見えなくなる時期も経験するだろう。松尾氏によれば、これまで博士の人々から、「この先どうしたいいのだろうか」、「本当はアカデミアに残りたいが、その道は厳しいかもしれない」、「ポストや科研費を取りにいくことに疲れてしまった」などの相談を受けてきたという。
 博士課程の在籍者やポスドクの立場にいる人々が、このような不安を抱えることは珍しくないと思われるが、一方で、「ではどうしたら良いのか」ということはほとんど語られていないのではないかと松尾氏は述べる。氏がヒアリングを続ける中で、博士課程在籍中や博士号取得後などに、アカデミア以外の業界で就職活動をしたり、キャリアを築いていったりすることについて、語るのを阻むような土壌が存在することも聞こえてきたという。今日のイベントの参加者の中にも、不安を抱えつつも情報や語る場がないことに悩んでいる人もいるのではないか、と問いかけられた。松尾氏のキャリア支援の対象になる人々は、まさにこのような悩みを抱えた博士たちだ。
 博士課程在籍者や博士号取得者が、今後の自分のキャリアの可能性について考えるためには、まず自分が今後、「研究とどのように向き合っていくか?」ということと、「生計の基盤をどのように築くか?」ということを検討する必要がある。現在、博士課程で研究を行なっている人の中には、これから先もずっと「研究を絶対に続けたい」という人もいれば、「研究を続けたいが、研究から離れることもやむなし」と考えている人もいるかもしれない。研究を続けたい理由を分析していくと、「企業で働きながら研究を続ける」という選択肢を考えられる場合がある。松尾氏によれば、「企業で働くと研究はできないのではないか?」と思っている人もいるかもしれないが、そんなことはないのではないかと述べる。その理由として、近年の企業はワークライフバランスを意識しているということ、副業OKの企業が増えていること(特に大手企業)、そしてそもそも年間休日日数120日以上の企業も多いこと、といった特徴があることが挙げられる。これらを念頭におけば、平日日中に仕事をしつつ、夜間や休日などを活用して研究を続けることはできるのではないかと考えることができる。
 では、博士側が希望した時に企業で働ける可能性はあるのだろうか。このことを考える上で、松尾氏のメッセージの2つ目である「博士のトランスファラブルスキルを活かす」という点が関わってくる。松尾氏は、「これまで研究しかやってきておらず、企業で通用しないのでは?」と考えてしまう人もいるかもしれないが、これまで研究にきちんと取り組んできたのであれば、企業で役立つ力を自然と培ってきていると考えて良いと述べる。
 研究で培った能力の中で、企業でも役立つ力のことを「博士のトランスファラブルスキル(Transferable Skills)」という。松尾氏によれば、これは1990年代のイギリスで盛んに用いられるようにになった概念で、「移動可能なスキル・能力」、「分野を問わず、研究成果を得るために有効となるスキル・能力」のことを指すという。講演では、次の12の項目:「専門の高さ(深さ)を掘り下げる力」、「周辺分野の知識の広さ」、「論理的思考、文献・論文を読む力」、「主体性」、「課題発見力・課題解決力」、「人的ネットワーク」、「柔軟性」、「コミュニケーション力」、「原理原則を理解している」、「ゴール設定できる」、「リーダーシップ」が、トランスファラブルなスキルの例として挙げられており、これらのスキルが実際に企業で働いた時にどのように生かされる可能性があるかについて松尾氏が詳しく説明をしてくださった。

 例えば、「専門の高さ(深さ)を掘り下げる力」は企業にとってどのような価値があるのだろうか。松尾氏によれば、採用面接などの際に、企業側から博士課程での専門分野について深く聞かれるケースがあるという。企業側からすれば、それは面接の対象者が専門知識について色々と知っていることそれ自体を求めているというよりも、専門的に深いところまできちんと辿り着く力を持っているかどうか、ということを見ている場合があるという。企業側、面接の対象者がこうしたスキルを持っていれば、「企業で他のテーマや業務を任せても質の高い仕事を行なってくれそう」と判断するのかもしれない。
 このように、博士側が今後のキャリア選択について検討する上で、その可能性を認識し、自身のトランスファラブル・スキルを明確化することに加え、「企業を知る」ということも大切な事柄である。これが松尾氏から提示された3つ目のメッセージである。
例えばそもそも企業とはどのようなことを行なっているのだろうか?ということについて、①企業にとって一番大事なことは「利益を上げ続ける」ことである。②では、利益を上げ続けるために何が必要かというと、「顧客を創りつづける」ことである。③では、顧客を創り続けるために何が必要かというと、「社会に価値を提供し続ける」ことである。そしてこの①→②→③が循環しているというお話があった。このように企業の基本的な動きや理念、そして構造について博士側が学び、理解した上で、自身に何ができるかをより具体的に考えるという姿勢が、キャリアを考える上でとても重要になるのである。

 講演の後には、梶谷先生から、博士側がどういうふうに変わらないといけないのかという観点から、次の2点のコメントがあった。1点目は、自分でテーマを設定して研究を進めていくことと、企業で専門性・スキルを活かすこととは、ある程度区別して考える必要があるのではないかということだ。研究と続けていると、自分のテーマをどこかで活かせないかと考えるかもしれないが、実際のところ、自分のテーマそれ自体をダイレクトに活かすということは難しい可能性がある。自分の研究テーマと、仕事をすること(そしてその中でトランスファラブルスキルを活かすこと)とは切り分けるという姿勢を持ってみてはどうか、という提案である。
 そしてこのことは、企業に勤めようとする博士のみに言えることではない。梶谷先生の大学教員としての経験上、大学で仕事をしていたとしても、常に自分の研究テーマや専門性が生かされる業務を行なっているわけではないという。先生によれば、日常的な感覚として、大学の運営に関する仕事や、学生の教育が業務の多くを占めており、自分の研究テーマに打ち込める時間は本当に限られているという。一方で、大学でのポストを希望する博士課程の学生たちやポスドクを見ていると、こうした現実をほとんど知らないのだと実感することも多々あるそうだ。
 2点目のコメントとして、自分の研究の発表の場を、論文や学会に限らず、広く一般の人にも開いていくという視点も大事なのではないか、とおっしゃった。大学の中では、自分の専門と同じか近い専門家に興味を持ってもらったり、評価されたりすることが重要視されがちであるが、梶谷先生としては、もっと色々な人に自身の研究や議論を開いていくことも大事だと考えているとおっしゃった。学会や大学の中だけでの研究成果のやり取りにとどまらず、研究成果の公開や議論の場を作りながら、自分のテーマについて研究を続け、その一方で仕事は仕事で続けながら生活のためのお金を稼ぐ、というやり方もあるのではないかとモデルを示された。

 その後、約30分にわたって、参加者からの感想やコメントを受け付けながら、松尾氏と梶谷先生からのリプライやディスカッションが行われた。
 参加者からの質問として、文系博士を受け入れている企業の見つけ方はどうしたら良いのか、というものが挙がった。松尾氏によれば、理系の場合はJrec-inの掲載情報を参考にするというルートがあるが、文系の場合はまだあまりそのようなルートが確立されていないように思えるとのことであった。松尾氏が知っている人の中には、文系博士が自ら自己分析を行った上で、企業の門を叩いて就活していた事例もあったという。しかし、参加者からは、そうしたルートはなかなかハードルが高いのではないか…という声も挙がっていた。
 松尾氏からのアドバイスとして、企業への連絡の取り方は、基本的にはHPのエントリーからすると良いとのことだ。また、企業に連絡する際には、博士側がしっかりと自己分析した上で、想いを伝えることが面接等の選考に進む第一歩なのではとおっしゃった。それに加え、企業へ連絡するタイミングが重要なケースもある。企業は基本的に中途採用はいつでも受け入れているかと思うが、もし新卒採用を狙うのであれば、博士課程2年生のちょうど今くらいの時期に就活をしていかなければならない。新卒採用であれば、博士課程2年生の3月の時点で採用はほぼ終わってしまうとのことである。
 また、別の方からは、企業から仕事を請け負って専門性を活かしたバイトをするということは可能なのかという質問があった。これに対して、松尾氏は、企業によると思うが、例えば、派遣会社に自分のスキルを伝えておいて、マッチングを探すということができるのではないか、と答えられた。別の参加者からは、ジョブ型の雇用が大事かもしれない、という指摘もあったが、実際に大手の一部はジョブ型採用になり始めていると松尾氏は指摘する。
 いずれの雇用形態にせよ、博士以降にキャリア形成や企業での就活を検討するのであれば、自分の能力がなんなのか、それがどのように企業の仕事に活かせるのかをきちんと明確化にして、言語化することがとても大切であると、氏は述べられた。この点については、梶谷先生も強調され、自分の専門性を社会に開いたときにどのような可能性があるか、価値があるのかについて、自分で考えてみることが大切だと述べられた。
 最後に、松尾氏から、企業側は文系博士を拒否しているわけではなくて知らないだけであるしたがって、今後は、企業にアプローチしたいと思う人の就活の仕方をテーマとした企画を実施してはどうかとご提案いただいた。また、梶谷先生からも、今後、文系の博士を対象とした企業の説明会やマッチングの機会が開催されることを期待するとのコメントがあった。

 今回は、参加者と意見交換をさせていただきつつ、文系博士のキャリアの可能性について考えるという内容であり、松尾氏のご講演から様々な可能性があると知ることができた。その一方で、参加者からいただいたコメントから、企業と博士側のマッチングに関する難しさや、理系博士に比べて制度の構築がほとんどなされていないという課題があることも実感された。
 このような課題はあるものの、本日のような企画が開催されることによって、いわゆる文系の博士課程進学者や博士号取得者が、自分のスキルの移行について「可能性がある」ことを知ること、そして色々な可能性について知りたいと思っている、キャリア選択に悩んでいる、というのは自分だけではないとまず知ることもとても貴重ではなかったかと感じられた。(報告:山田理絵)

Recent Entries


  • HOME>
    • ブログ>
      • 【報告】<哲学×デザイン>プロジェクト38「仕事も研究もあきらめない!〜文系博士の多様なキャリア形成と支援」
↑ページの先頭へ