【報告】UTCPシンポジウム 〈哲学×デザイン〉プロジェクト20 「ビジネスの哲学化――なぜ、企業経営に哲学が必要とされるのか?」
*(当日の動画はこちらです。[ https://www.youtube.com/watch?v=VObgWsAcI_w ])*
2020年10月18日、東京大学のUTCPにてオンライン・イベント「ビジネスの哲学化――なぜ、企業経営に哲学が必要とされるのか?」が開催されました。本企画の趣旨は、イベント名の副題にも表れているように、〈なぜ今日の企業経営においては哲学が必要とされているのか〉というテーマに関して、それぞれの分野の最前線でご活躍をされている三人の方々にご講演をしていただくというものでした。イベント当日は常に100人以上の方が参加し、数多くの方々からご質問をお寄せいただいたディスカッションの時間も含めて、大変な盛り上がりを見せました。それもすべて、登壇者の皆様(吉田幸司さん、小野塚惠美さん、成田真弥さん)のご講演が大変すばらしいものであったからだと思います。続く箇所において、ご講演内容の要約を記載いたします。
まず、一人目の登壇者である吉田幸司さん(クロス・フィロソフィーズ株式会社 代表取締役社長)は、「なぜ、企業経営に哲学が求められるのか?」という題目でご講演をされました。
吉田さんは、もともと上智大学で哲学の博士号を取得された後に、日本学術振興会特別研究員PD(東京大学)を経て、「クロス・フィロソフィーズ株式会社」を設立された方です。
他にも、現在は上智大学や東京工芸大学の講師の職や、日本ホワイトヘッド・プロセス学会理事などを兼任されています。
吉田さんは、「ビジネスに哲学が役立つ」と言われている文脈そのものを改めて問い直す必要があると述べます。その文脈の中で重要なのは、従来の利益至上主義(例:「いかにして消費させるか?」)と、近年求められている倫理的配慮や社会的意味(例:「環境や社会課題に配慮しているか?」/「その企業は何を〈善い〉とするのか?」)との間でコンフリクトが生じている、ということです。そして、こうしたコンフリクトを乗り越えるために、根本的な意識変容を可能とする哲学が求められていると吉田さんは述べます。つまり、生活者や社会によって「意味」や「価値」が求められている中で、「自分たちの事業の本質や、存在意義は何なのか?」/「社会との関係性はどうあるべきなのか?」ということを哲学的思考において打ち出さねばならない状況に来ているのです。
例えば、吉田さんが提示された具体例は次のようなものです。ある企業において、「女性の活躍」というテーマで議論がなされました。そして、従来の思考形態においては、「女性の会議での発言数を増やそう!」/「女性の管理職・役員の数を増やそう! そのために、出世意欲を持たせよう!」という目標が設定されたりしていました。ですが、そこで哲学シンキングにおいては、「そもそも〈女性の活躍〉とは何なのか?」という問いが、より本質的な問いとして提示されることになります。そこから「それは、男性の活躍像と同じなのか?」/「女性の活躍を阻害しているものは何なのか?」という更なる問いが発見されていきます。そして、これら一連の問いが提出されたからこそ、「男性の育休の取りやすさを改善してほしい」/「上司の意識を改革してほしい」という女性社員目線の意見が初めて開示される可能性が生じます。すなわち、会社の考える女性の活躍像と、女性社員自身が考える理想像の間に大きなギャップがあり、それゆえに「本当に取り組むべき課題」がそれまで覆い隠されてしまっていたという現状が、こうした本質的な問いを発見する過程において浮き彫りになるのです。哲学思考(クロス・フィロソフィーズが推進する哲学シンキングの事業)とは、まさにこうした本質的な課題発見を行っていく際に、その存在意義を発揮すると言えるでしょう。
また、吉田さんご自身の「哲学」観として、〈哲学はヴィジョンやパーパスを作るものとして、「クリエイティブ」・「ファイナンス/ビジネス」・「科学技術」・「人文知」の四つを媒介するものである〉とのお考えを吉田さんは出されました。これは、これまでよく言われてきた「哲学は役に立たない」という言説に「現場」の観点から異を唱える本質的な主張であると言えるでしょう。
次に、二人目の登壇者である小野塚惠美さん(カタリスト投資顧問株式会社 取締役副社長)は、「ビジネスの哲学化 なぜ企業経営に哲学が必要とされるのか?~ESG課題と哲学的発想~」という題目でご講演をされました。
小野塚さんは、1998年にJPモルガン銀行に入行され、2000年よりゴールドマン・サックス・アセット・マネジメント株式会社にて多岐にわたる資産運用業務に従事されてきた方です。2016年からは日本におけるスチュワードシップ責任推進の総括として、ESG(環境・社会・ガバナンス)リサーチ、および企業との対話を年間200社以上実施されていました。そして、2020年4月からはカタリスト投資顧問株式会社に入社され、現職(カタリスト投資顧問株式会社取締役副社長COO)を勤められています。小野塚さんがまず提示される見方は、「対話すること(哲学すること)の重要性が、金融の世界にも入り込んでいる」ということです。なぜならば世界の課題解決には唯一の正解がなく、色々な関係者を巻き込み、時間をかけて検討するものがほとんどだからです。今、地球や社会の持続性を重視した投資が金融の世界において増加しています。その点について見ていくために、まず確認しなければならないのは「サステナブル投資とは何か」という点です。
サステナブル投資とは、「ESG投資」と「インパクト投資」の二つを含むものであり、それらは「慈善事業・寄付」とは区別されるものです。ESG投資は、環境的・社会的リターンを追求するとともに、財務リターンの追求も行うものです。また、「インパクト投資」とは、環境や社会へのインパクトを追求するものであり、財務リターンは市場並み(そこそこ)を目指すというものです。それに比して慈善事業とは、財務リターンを追求しない活動です。すなわち、サステナブル投資とは、財務リターンを追求しつつ、社会的・環境的リターンを追い求める投資の形態であると言えるでしょう。
それでは、なぜこうした投資形態が重要視されるようになっているのでしょうか。それは、企業業績にとってESGのファクターが非常に重要になっており、それが企業の競争力ないし差別化に直結しているからです。これまで、短期的な企業の利益の最大化の背景には、「ミクロ課題」(例:温暖化効果ガスの排出・汚染/安全衛生問題/低賃金etc.)や「マクロ問題」(例:多発する自然災害/格差社会/人権問題etc.)が山積していました。とりわけそれらは、コロナ禍においてはっきりと表面化される事態となりました。こうした状況の中で提起される(経済認識に関する)四分類モデルが、①ニュー資本主義、②オールド資本主義、③脱資本主義、④陰謀論の四つであり、本シンポジウムが推進する流れは、その中の①ということになります。①のニュー資本主義とは、「環境や社会への影響を考慮することに賛成する」という軸と、「環境や社会への影響を考慮することは利益増に繋がると考える」という軸を掛け合わせた立場になります。(詳しくは下記の図をご参照ください。)
(参考文献:夫馬賢治『ESG思考 激変資本主義 1990 2020――経営者も投資家もここまで変わった』講談社、2020年)
こうした時流の中で小野塚さんが携わられているのは、「全方位対話型ファンド」というものです。こうした投資を経て、財務のリターンと環境・社会のリターンの双方を追求していくという流れが、少しずつ日本においても定着し始めていると言えるのです。
最後に、三人目の登壇者である成田真弥さん(リアルテックホールディングス エンビジョンマネージャー)は、「なぜリアルテックには哲学が必要か」という題目でご講演をされました。
成田さんはリアルテックファンドのエンビジョンマネージャーであり、広報やブランディングを担当している方です。また、アーティストや科学者の方たちとコラボレーションをすることを通して、一つの作品を造形していくという活動もされています。
リアルテックとは、地球や人類の課題解決に資する研究開発型の革新的テクノロジー(例:バイオ/ロボティクス/海洋/環境・エネルギー/医療/新素材etc.)の総称であり、こうした様々な分野に対する投資が行われています。そこにおいては、リアルテック領域における研究成果の社会実装を一気通貫で支援するという動きがなされています。例えば、大学で将来性のある技術の発明がなされた場合、それを軸に新たな事業を始めるための投資が行われたりしています。そして、成田さんが主にされているのがクリエイティブ支援と広報支援の二つです。各地の思考実験のワークショップなどで、リアルテックが社会実装される理想的な未来を構想するという取り組みがなされています。つまり、ベンチャーが有する技術の本質的価値を理解し、情報を整理し、それらをメディア戦略を通じて社会に伝えていくという動きが実現されているのです。こうした取り組みは、ビジョンや技術の可視化を通じて投資家や事業者のベンチャー理解を促進し、資金調達や事業連携の貢献へとつながってると言えるでしょう。
こうした活動の背景には、リアルエコノミーによる地球規模の深刻な社会課題(ディープイシュー)の急増(例:大型台風災害/世界的干ばつ/感染症/超集中豪雨/水不足/世界的山火事/海面上昇/大気汚染/死にゆく海etc.)というものがあります。こうした社会課題の解決の方策として、まさにリアルテックが注目されています。言い換えれば、「潜在的なマーケット」として社会課題を捉えることで、そうした領域にリアルテックが踏み込んでいくという流れが構築され始めているのです。こうした取り組みの特質を述べるならば、「地球と宇宙での人類の存続を維持するための革新的な事業を共創する」ということになるでしょう。
さて、リアルテックと哲学の関係性について、成田さんは次のような考えを述べます。すなわち、(社会構造や日常生活まで変える可能性を秘めた)リアルテックが社会実装されるときのインパクトとそのリスクを考えていく際に、そうした革新的な技術を担う者は、最低限の哲学的思考や倫理的思考を兼ね備えておくべきである、という考えです。ここにおいて問われているのは、「高尚に過ぎる哲学」のイメージと、「利益至上主義のビジネス」のイメージの間を埋めるような共通意識の存在です。こうした文脈において、哲学とビジネスが共通の現場において共に作業をすることのできる可能性を見て取ることができるでしょう。
三人の登壇者の方々のご講演が終わり、今回のシンポジウムの技術面をサポートしていただいた間宮真介さん、UTCPセンター長の梶谷真司教授、そして筆者の山野を加えた対談が行われました。そこにおいても様々な議論が交わされましたが、とりわけ印象的であったのは、「いわゆる学問において研究される哲学」と、「ビジネスの現場において求められている哲学」の間にはギャップがあるのではないかという梶谷先生のご指摘でした。また、「注目度が上がっている」という状態から、実際のアクションに移すまでが大変である(逆に言えば、最近注目度の上がっている単語を話しているだけで満足されてしまう傾向がある)という点も梶谷先生はご指摘されていました。
こうした現状に対して、小野塚さんも同じ問題意識を共有しており、ESG投資が盛んになり始めた現状においても、実際のガバナンスが従来と比べてそこまで変わっていない傾向が認められる点をご指摘されました。また、アカデミズムにおける哲学研究と、実際の現場において求められている哲学的思考の間に大きなギャップが(特に使用する専門用語のレベルで)あり、それらを架橋する必要があるとの見方を成田さんも示されました。こうした点に間宮さんも同意を示し、まさに両者を架橋する「翻訳者」が求められているという議論が提出されました。また、もともとビジネスには倫理的・哲学的な問題意識が内包されているとの見方も間宮さんは示されました。
その後も質疑応答の時間において活発な討論が続き、UTCPシンポジウム「ビジネスの哲学化――なぜ、企業経営に哲学が必要とされるのか?」は幕を閉じました。実際のシンポジウムに参加した身として感じたことは、やはり「哲学とビジネス」の協同可能性を考えていく際に、次の二つのことを考えていく必要があるだろうということです。一つは、哲学を含む人文科学全体が、現在ビジネスの現場において求められている哲学的な思考の要請を理解する必要があるということです。アカデミズムの世界においては、博士号を取得したのちは、40歳前後において大学の定職に就けるようになるまで非常勤講師で生計を立てるという経路が最も王道であるとされていますが、人文科学におけるキャリア構築はそれだけではないという可能性を、まさに博士号を取得された方々が積極的に示していく必要があるのではないかと考えています。その際に出発点となるのは、実際のビジネスの現場において、現に哲学的・倫理的な問題意識が持たれ始めているということを、人文科学自体も理解していくことであると思います。
そして、その逆もまた重要であると考えています。それは、実際の企業の側も、哲学を含む人文科学の営みの普遍的価値を理解する必要があるということです。確かに、人文科学の研究は「数字」を出しづらく、エビデンスを獲得するということが容易ではありません。ですが、人文科学が取り組む「人間とは何か?」/「善さとは何なのか?」といった問いは、まさに(登壇者の方々も共通して持っておられた)〈これからのビジネスがESGの観点から思索していかなければならない根本問題〉であるはずです。ですので、人文科学の側からの理解、そしてビジネスの現場の側からの理解が共に手を携える共創の場においてこそ、両者が架橋される可能性が生じると言えるのではないでしょうか。そして、本シンポジウムは、こうした両者の接続可能性が具体的に示された活動の一環として、将来的な意義を有したイベントであったと言えるでしょう。こうしたUTCP発の取り組みから、中長期的な共創事業の「萌芽」が育まれていくことを、一市民として、そして一研究者として、切に願っています。
文責:山野弘樹