【報告】公開哲学シンポジウム「現代フランス哲学から見る〈共生と責任〉の問題」
2020年5月30日、東京大学のUTCPにてオンライン・イベント「現代フランス哲学から見る〈共生と責任〉の問題」が開催された。この企画は、とりわけ難解であると言われる「現代フランス哲学」を、〈一般の人々に分かりやすい言葉〉で伝えるという趣旨のもと構想された。それだけでなく、本企画は、哲学に興味を持っている一般の人々と、哲学の研究者を繋げるための〈場〉を構築したいという意図も込められていた。そのため、本シンポジウムにおいては、「講演」の部と同じくらいの時間をかけた「質問」の部を設けることに決め、とりわけ一般の参加者の方々との双方向的なやり取りを行うことを重視した。
結果として、当日は大変な盛況であったと言える。当日は石井雅巳氏(エマニュエル・レヴィナス)、福井有人氏(ミシェル・ド・セルトー)、清水雄大氏(ミシェル・フーコー)にそれぞれ発表をしていただき、企画立案者である山野弘樹もポール・リクールの発表を行った。企画立案(5月9日)からシンポジウム当日(5月30日)まであまり余裕がなかったにも関わらず、綿密な事前打ち合わせを重ねた結果、4人それぞれの発表内容が相互にリンクするような、理想的なシンポジウムの連続講演を行うことができたと言える。以下、シンポジウムの内容の概略を報告する。
まず、一人目の発表者である石井雅巳氏は、「レヴィナスにおける倫理と正義――向き合うこと、共に生きること」という講演題目で発表を行った。レヴィナスは『全体性と無限』において、対面的な関係性を原型とする「倫理」の在り様を提示したが、後期の思索においては、対面関係に「第三者」の要素を盛り込む社会的な次元、すなわち「正義」の在り様、およびその実現可能性(とりわけ「国家」)の問題に取り組んでいた。こうしたレヴィナスの思索の発展を石井氏が図式的に整理したことによって、参加者から「人々の間を平準化する正義の議論は、対面関係を重視する倫理の議論といかに両立するのか」という重要な指摘がなされ、活発な意見のやり取りが行われた。続けて二人目の発表者を担当した山野弘樹は、「リクールにおける「共生」と「責任」の問い――同じ時代を生きるということ」という講演題目で発表を行った。リクールにとって、共生とは「他者と共に生きること」であり、責任とは「自己が有する他者への責任」に他ならない。そのため、まずはリクール哲学における「他者」と「自己」の問いが重要となる。こうした問題関心のもと、リクールにおける「自己の解釈学」の観点から「共生」(とりわけ「物語的自己同一性」と「倫理的自己同一性」)および「責任」(「負債」と「応答」)の議論を展開し、リクール哲学の中核の部分を展開した。三人目の発表者である福井有人氏は、「いくつかの共生のスタイル――ミシェル・ド・セルトーと不在者の問い」という講演題目で発表を行った。セルトーは「歴史記述」および「神秘主義」の語りというものを区別している。セルトーにとって歴史記述とは、他者=死者を理解するために、現在ある道具・規則・概念すべてを動員して、未知のものを無くす営みであり、他方で神秘主義の語りとは、他者という未知のものと出会うことによって、自分の理解を超え出るものを理解し言葉にすることの困難さと直面する語りである。セルトーが重視するのは後者の語りであるが、こうした語りの創設は、レヴィナスにおける「他者からの問い質し」という契機と重なるものであり、質疑においてもその点が指摘されていた。最後の発表者である清水雄大氏は、「共生と責任――フーコーから考える」という講演題目で発表を行った。フーコーは『知への意志』の中で、「殺す権力」と「生かす権力」を分けている。とりわけ、近代の政治においては、被支配者をむしろ「生かす」ための支配がなされていた。だが、二つの権力は、互いに相反しているわけではなく、むしろ両者は非常に見えづらい仕方で共犯関係を結んでいると清水氏は指摘する。すなわち、「生かす権力」とは、理想的な世界や人間のモデルを提示することによって、それから逸脱する他者を差別し、排除するという「殺す権力」を内在させていると言うのだ。こうしたフーコーの洞察は、「共生」という事態そのものに根差している他者の排除の構造を暴露するものであり、まさに本シンポジウムの最終講演に相応しい発表であったと言える。こうした連続講演を受けて、後半においては参加者からチャット欄において質問を募り、それに対して各講演者が応答していくという質疑応答の時間が取られた。参加者の多さを考慮し、チャット欄に質問を書き込んでもらうという方式を取ったが、そうであるにもかかわらず、定刻である閉会時間の一時間後にすべての質疑応答が終わるという大変な盛況ぶりであった。
今回はZoomでの開催を行ったが、オンラインのイベント開催は、やはり次の二点の利点を指摘することができる。1、実際の会場を準備する必要がないので、講演内容の準備とシンポジウム当日までのスケジュール管理にのみ集中することができる。2、空間的な制約がないため、遠方の方も問題なくシンポジウムに参加することができる。こうした利点のために、今回のシンポジウムは成功に終わったと言うことができる。とりわけ、こうした趣旨の企画は初めてであったにもかかわらず、事前登録の時点で236名の方から参加申し込みがあったという事実は、特筆すべき点である。
さらに、今回の反響として最も多かった声が、「今回のようなオンラインの哲学イベントをもっと開催してほしい」という意見である。そのため、今回の企画をシリーズ化していくことを通して、〈より多くの人々に哲学を身近なものとして知ってもらう〉というプロジェクトを推進していくことを考えている。次回は、夏頃にシンポジウム第2弾(「哲学と精神分析――デリダ、リクール、ラカン、そしてフロイト」)を開催予定である。
(文責:山野弘樹)