梶谷真司 邂逅の記録110 オンライン国際哲学オリンピックという快挙!
今年の第27回国際哲学オリンピックは、当初5月21日(木)~24日(日)にポルトガルのリスボンで行われる予定だった。今年の2月の段階では、大会事務局も順調に準備を進め、出場登録を始めたところだった。日本チームの代表も木場悠人君(筑波大付属駒場高校卒・現在東京大学1年)と猪倉彼方君(筑波大付属駒場高校2年)に決まっていた。
ところが3月に入り、コロナウィルスの影響で各国が渡航を制限・禁止するに至って、理事会で1年延期が決定された。それで今年はただ中止して何もしないのか、オンラインで何かするのか、参加国の代表教員たちで話し合った。投票の結果3月末に、オンラインでeIPOとして開催することになった。
当時は私自身、Zoomの経験も乏しく、オンラインでどれほどのことができるのか懐疑的だった。そもそも代表が決まっていない国もある。それに一番の問題は、エッセイライティングの競技(哲学・思想書からの引用が4つ提示され、その中から一つ選んで自分で問題設定してエッセイを書く。与えられた時間は4時間、母語以外の英語、ドイツ語、フランス語、スペイン語のいずれかで書く。語学辞典のみ使用可)をどうやって行うかだ。同じ条件が整うのか、不正は起きないか、技術的なトラブルが起きないか、そこで不公平が生じないかなど、解決困難な問題が多すぎるのではないかと思った。私としては、セミナーやレクチャーのみの、交流だけにするのが現実的ではないかという意見を出していた。
しかしスロヴェニアのMiha Andricが「私が中心になってやる!」と言って、オンラインで行うことになった。そんなに早くは準備できないだろうと思っていたのだが、5月7日、5月28日~31日に開催する!と連絡がきた。テーマもこの世界的な危機への応答として、Global Solidarity(グローバルな連帯)となっていた。たった一週間遅れでやれるのかと驚いた。どんなことになっているのかと、公開された大会ホームページを見たら、さらに驚いた。
http://eipo2020.com/
https://www.facebook.com/eipo2020/
プログラムを見ると、普段の大会以上に充実している。その後、次々に情報がアップデートされ、エッセイライティングがどうやって行われるかも具体的に分かってきた。Zoomで少人数の部屋に分け、参加する高校生は欠いている間ずっとビデオをオンにして、それを大会スタッフが常に見ているようにする。ファイルは事務局が用意したものに指定し、そこには外部のデータをコピーできないようにするなど、公平性と不正防止のため、可能な限りのことがなされていた。もちろん100%不正を防ぐことはできない。それでも「何もやらないよりはやったほうがいい」ことだけは確かだと納得できるものだった。
5月28日、ヨーロッパ時間の午後1時(日本では夜8時)に開会式が始まった。PC上の画面なので、派手な演出はもちろんない。しかし、過去のメダリスト4人が招待され、Mihaがインタビューをし、IPOに出たことが自分にとってどんな意味があったら、現在の自分の生活や大学での勉強に哲学がどう関わっているかなどを話した。これは今までできなかったことであり、オンラインだからこそ実現できたことだ。
そのあとは、高校生向けのセミナーで、民主主義について政治哲学的な視点から高校生たちが議論を交わした。続けて、高校生が司会役を務めて「言語と精神」をテーマに哲学カフェが行われた。さらに「COVID19の時代に哲学を教えること」と題した教員向けのセミナーがあり、危機的状況を共有することで、尋常でないことを糧に哲学的に考えることの意義について話し合った。そして初日の最後は、全員向けに「グローバルな連帯とナショナリズムの再生」というこの大会テーマの講演があった。
2日目は、ヨーロッパ時間で午前中に「西洋と東洋」をテーマに哲学カフェ。午後は1時から5時までエッセイライティング。日本時間では夜の8時から12時にあたる。日本代表の木場君と猪倉君も、それぞれ自宅でベストを尽くした。
その間教員は、哲学教育に関する講演とセミナーがあり、そのあとエッセイの評価のやり方と基準について確認を行った。ヨーロッパで夕方5時半から夜の10時、日本時間で夜中の0時半から朝の5時まで評価が続いた。これも第一段階では、Zoomで4人のグループに分かれて行うという、例年に近い形態をとった。この間も高校生は、「哲学と詩」をテーマに哲学カフェと、民主主義とケアについて講演に参加していた。
土曜日も昼から夜まで、様々なセッションが目白押し。全体向けにコスモポリタニズムについてのワークショップ、教員向けの哲学教育のセミナーが3つ、ディベート、ライティング、教材の活用のメソッドについて各国の教員たちが議論した。
最終日の日曜日も、朝からインターネットの倫理をテーマに哲学カフェが行われ、午後はオンラインでの教育についてのディスカッションが行われた。
これだけ盛りだくさんのプログラムが大きなトラブルもなく進み、いよいよ閉会式。ゲストとして、マイケル・サンデルが自宅から参加し、高校生と議論を交わした。
最後に受賞者の発表が行われ、木場悠人君が佳作入賞を果たした。準備期間がほとんどない中で、快挙であった。これで2016年ベルギー大会での佳作、2018年モンテネグロ大会での銅メダル(日本初)、2019年イタリア大会での銅メダルと佳作のダブル入賞に続く受賞である。
今回、このような困難な状況の中、IPOのメンバーたちのまさにグローバルな連帯によって、このような大規模なオンラインイベントが可能になった。いつも思うことだが、IPOは本当に結束が固く、皆が協力的で、しかもどんな時でもかならず全員で議論して決める徹底した民主主義の組織である。しかも今回、オンラインで開催することにより、むしろ今まで以上に開かれ、多くの人が参加できる大会になったと思う。スロヴェニアのMihaとそのスタッフ、さらにそこに協力した各国の仲間たちに心から感謝したい。そしてIPOに参加した教員と生徒のすべてをたたえたい。
今年は渡航こそ叶わなかったが、サマーキャンプから2月の選考会は、上廣倫理財団の全面的支援によって行われている。そのようなことは、諸外国を見ても、けっして当たり前のことではない。財団にあらためて深謝する次第である。