【報告】〈哲学×デザイン〉プロジェクト5: 「戦争の語り方」
〈哲学×デザイン〉プロジェクトの5つ目のワークショップとして、「戦争の語り方」哲学対話が開催された(7月30日)。当日はスタッフを含めた参加者50余名、赤ちゃん、高校生、から戦中生まれの方を含め、様々な年齢層の方が駒場に集った。夏休み前の日曜日の開催ということもあり、最初は空調が効かないなどのトラブルがあったが、世代を越えた活発な対話が展開された。
ワークショップは、今春、公刊された論集『戦うことに意味はあるのか』(弘前大学出版会)の編者の一人、持田睦氏による、ユイレとストローブが監督した映画『ロートリンゲン!』(1994年公開のドイツ語版) の一部を題材にした講演から始まった。最初に、映画の舞台であるロレーヌ地方(ドイツ語でロートリンゲン)の国境地帯であるが故の複雑な地方史について、地図を介して、映画全体の前提が説明された。映画の中で展開されるストローブ監督によって朗読されるコメントや映画の中のコレットの台詞、映画に出てくる一見すると牧歌的な風景映像を丁寧に鑑賞しながら、戦争を言語で表現するだけではなく、映像に託すという、「戦争の語り方」の一つの事例として、講演いただいた。
次に、『戦争に立脚しない平和を語ること―レヴィナスとともに考える』という題目で、上記論集の執筆者の一人でもある、佐藤香織氏に講演いただいた。こうの史代の『夕凪の街 桜の国』の一節から、「平和」の中で語り継がれていく戦争、また戦時下において、日常の生活の中にあった戦争という問題提起に始まり、第二次大戦中にユダヤ人として捕虜収容所で生活したレヴィナスが戦後になって著した著作から、レヴィナス哲学の根幹でもある「他者」論へと話題が展開していった。「戦争状態によって宙吊りになる道徳」、「殺すことの不可能性」、「私の閉鎖性」と同時に「全体性に回収されない私の唯一性」といった様々な観点から、「平和」に「戦争」をもとづけることに対して、問題提起をしていただいた。
小休憩後、持田氏と佐藤氏に御講演いただいた内容から展開し、梶谷先生より「戦争の語り方」によって制約されている戦争の固定概念、また、戦争を知らない世代の「戦争の語り方」といった補足的なお話しを皮切りに、哲学対話セッションへと移った。最初は「戦争を語る意義論」「戦争を語ることの目的」、また「語ってどうするのか」、などの戸惑いの声が寄せられた。次第に、「戦争を通じた夢(軍艦や兵隊さんへの憧れ)」、タブー視されていて語られていない「戦争の魅力(戦前の知識層は反戦運動を必ずしも展開していない、戦国時代ドラマでワクワクする)」などの意見が出てきた。「それぞれの時代において、戦争について語る作法がある」といったことから、「戦争を知れば知るほど、実は戦争準備体制に向かっているのではないか」、といった刺激的な意見まで寄せられた。
そこから、災害と比較して、「戦争は非日常ではなく、実は日常ではないか」「いつからが戦前で、いつからが戦中で、いつからが戦後なのか」といった問いが、戦後の学校教育における「戦争」と「平和」を対にした言説批判へと展開していった。人間の共同的存在が露呈する共同性の経験としての『災害ユートピア』(レベッカ・ソルニット)の概念が参加者の一人から紹介され、学校などの共同体で行われる学園祭や地域のお祭りを事例として、「好き嫌いに関わらず、強制的に参加させられてしまうという意味での個人の自由の疎外」が存在するというのは、実は戦時下なのではないかという意見が出たり、「サイバー攻撃」という事例から、もはや従来的な概念では戦争を語り得ないのではないかという意見も出された。
セッションの後半に入り、高校生世代が「戦争」についてどう考えているのかについて聞いてみたいという参加者からの要望により、今回参加してくれた5名の高校生に発言してもらった。「やりたい人がやれば良いけど、巻き込まないでほしい」といった率直な意見や、「戦争はいつから始まるのか?」、「組織の論理として戦争を選択せざるをえない社会構造的な問題をこそ、吟味すべきだ」、「原爆だけが戦争ではないのではないか、災害から生じた3.11メルトダウンを考えると実は戦争は身近な問題として捉え直すことができるのではないか」といった話題が提供された。また、「平和を語ることこそ、平和を享受している者の特権」で「誰が何の当事者なのか」といった、「語ること」そのものへの価値や在り方を問う意見も寄せられた。最後に、パールハーバーの年に生まれたという参加者の一人から「個人個人の心の中で平和の砦を築く」というUNESCO憲章が紹介され、予定時間を大幅に超過したことから、対話セッションは大盛況のうちに終わった。終了後も、話題が尽きず、話足りない方々と共に夕食会へとなだれこみ、戦争という重苦しいテーマを題材に、実に活発な対話が展開された充実したワークショップであった。
(文責:佐藤麻貴)