梶谷真司 邂逅の記録89:国際哲学オリンピック 2017 in Rotterdam (1)
5月25日(木)から28日(日)まで、第25回国際哲学オリンピックがオランダのロッテルダムで開催された。例年1月に代表選考会を行い、国内予選の「倫理哲学グランプリ」のメダリストのうち、国際大会に出場資格のある9人(大会開催時に高校生)が参加。そのうち2人の高校生が日本代表となる。今年は國松麻奈さん(洗足学園高校3年)と、石川賀之君(広島学院高校2年)。石川君は昨年の代表だった石川智輝君の弟である。
1月の選考会は、2時間半で英語の哲学エッセイを書いてもらい、それを判定する。形式は国際大会と同じように、英語の課題文が複数(国内選考会では3つ、国際大会は4つ)あって、その中から一つ選んで、それに関連する問題について論じる。日本の学校では、自ら問題設定して、それについての自分の考えを筋道立てて書くという作業は、英語はおろか、日本語ですらまともに習わない。いや、そんな論理的で高度な文章は言うに及ばず、文章の書き方というのをほとんど学ばない。これは日本の国語教育の致命的な欠陥である。
だから私は、毎年夏にやっている哲学サマーキャンプでは、哲学についての講義をするのではなく、エッセイの書き方を教える。どうやって問いを見つけ、それに関連するトピックを集め、それらをいかにして組み立て、一つの一貫した文章を書くか――その方法を教える。とはいえ、高校生に対してこの訓練ができるのは、毎年夏にやっている哲学サマーキャンプと冬の選考会の時、それぞれ半日くらいだけだ。そんなわずかな指導しかできないなか、國松さんと石川君は、選考会でとてもいいエッセイを書き、国際大会出場資格を手にした。
代表になってからは、IPOの国際大会で実際に使われた“過去問”(http://www.philosophy-olympiad.org/?page_id=72)から自分で選んだ課題文に関して同じように哲学エッセイを書いてもらい、メールで添削する。それを何度か繰り返す。今年はさらに、出発直前に強化合宿を行い、本番でのエッセイの書き方について、それぞれの長所短所を考慮しつつ、戦略を練った。
特に今年は、IPOのほうからEssay Guide: How To Write a Philosophy Essayという、エッセイの質の向上のために作られた「エッセイの手引き」が出ていた。これは昨年、一部の教員たちの間で提案され、一年かけてみんなで(といっても実際に関わったのは一部だが)作り上げたものである。基本をしっかり押さえつつ、国際大会で4時間という限られた時間内に書くための実践的なアドバイスも含んでいて、大変いいものである。強化合宿ではこれに沿って二人に、アウトラインの作り方、論点の見つけ方、組み立て方について指導を行った。
もっとも本番は、どんな問題が出るかも分からないし、その時にいい問いや論点を見つけられるかどうかも分からない。運まかせのところもある。メダルは無理でも奨励賞くらいはという気持ちはあるが、入賞するために参加するわけではない。IPOは哲学に興味をもった若者が世界中から集まる稀有な場である。日本で夏に開催している哲学サマーキャンプでそうであるように、他ではなかなかできない友達ができ、強い友情で結ばれる。教員にとっても、高校生にとっても、それこそがIPOに参加する意義なのだ。