梶谷真司「邂逅の記録85:第24回国際哲学オリンピック in ベルギー(2)」
翌日13日(金)は2日目、高校生たちは午前中、いよいよエッセイ・ライティング。教員は別の建物で3つのレクチャーを聞いた。最初は宗教や政治のradicalisation(急進化)の問題と教育、二つ目がカントの永久平和論について、三つ目が武装の有無と攻撃の是非の関係に関する考察であった。とりわけ印象に残ったのが最初のレクチャーであった。
今回のベルギーでのテロ、およびそれに先立つパリでのテロのような事件が起こる背景として、政治的・宗教的に急進的な考え方がイスラム諸国のみならずヨーロッパのほうにも広がる傾向について関心・懸念が集まっている。そのような社会の動きによって、人々の間に差別や警戒感、不安や憎悪が生まれ、広がっていく。したがって地理的にも歴史的にもイスラム諸国と接し、様々な確執をもち、難民や移民を受け入れてきたヨーロッパでは、テロはけっして他人事ではない。NATO軍に参加し、多かれ少なかれシリアやイラクへの派兵に関わっている国も多い。またイスラム圏から参加している国もある。いずれの地域でも、身近なところにテロの原因や帰結が潜んでいるのである。どちらにせよ、多かれ少なかれ自分たちの問題でもあり、たんに理屈の上だけで批判したり否定できるものではない。
IPOが面白いのは、こうした問題を子どもたちに対して、あるいは学校でどのように扱い、どう教えるのかということが自ずと議論になることである。哲学オリンピックや哲学教育の現場にいると、哲学が何のために必要なのかは、非常にはっきりしている。それは「民主主義を守る」という目的であり、使命である。このようなテーマは、専門の哲学研究者だけが集まると、とかく理論的な議論だけになりがちであるが、IPOではそれとはまったく違ったリアリティ、切実さがある。そこに哲学は何の役立つのかという不確かさや戸惑いはない。
ランチの時間には、エッセイ・ライティングを終えた高校生たちと合流し、少しだが話をすることができた。午後、教員たちはその審査に当たる。私は今回、運営委員の一人なので、最終選考に残ったエッセイを夕食後に読むことになっていた。
渡されたエッセイは15本。夜ホテルに戻って、10時半ごろから読み始めたが、5本読んだところで2時半くらいになり力尽き、いったん寝て6時半に起きて査読を続けた。朝食で休憩をはさんだが、昼の12時まで読み続けた。メダルを決める審査なので、読み方も慎重かつ厳密になる。一定の水準以上のすぐれたエッセイばかりなので、長いものも多く、読むのに時間がかかる。中には10ページに及ぶものもあった。レベルも高いので、一読しただけでは議論について行けないこともある。本当に論旨が通っているのか、前に書いてあることと矛盾がないか、他のと比べてどちらが優れているか、などなど、何度も読み返さないといけないことがあった。
結局査読に8時間ほどかかった。その後、昼から他の審査委員4人と集まって2時間ほどかけ、どのエッセイに金銀銅のメダルを贈るのか決めた。委員の間で必ずしも意見が一致したわけではないが、じゅうぶんな議論を重ね、最終的には妥当な結果だったのではないかと思う。大変ではあったが、私自身にとってとてもいい経験になった。ただその段階で運営委員会が決めるのは、どの番号のエッセイ がどの賞を取るかであって、それがどの国の誰なのかは分からない。翌日の授賞式で誰が表彰されるかは、実際に名前が呼ばれるまで私にも分からなかった。
金メダルは韓国人が2人、インド人が1人の計3人。銀メダルはクロアチア、ルーマニア、ノルウェー、インド、銅メダルはドイツ、スロヴェニア、オランダ、トルコ、フィンランドであった。日本から出場した石川君が佳作を取った。塚原君は残念ながら入賞はしなかったが、自分としては満足のいく出来だったと言っていた。とにかく二人の健闘を心から称えたい。そして何より、彼らが世界中の若者たちと結んだ哲学的友情を喜ばしく思う。
*受賞結果 http://www.philosophy-olympiad.org
(続く)
文責:梶谷真司(UTCP)