【報告】ハワイ大学哲学大学院生会議
2016年3月16-19日、ハワイ大学マノア校にて、Uehiro Graduate Student Philosophy Conferenceが開催された。テーマは言語、サブタイトルはCross Currents: Philosophy and Languageであった。今回、東京大学からは、佐藤麻貴が参加、発表した。
佐藤は今年で3回目の参加になるが、日本の学期末に当たる時期に開催される研究発表会として、博士課程1年生の折から有効活用させていただいている。発表の度に色々な哲学的バックグラウンド(西洋哲学、中国哲学、インド哲学、分析哲学、美学等)を持つ研究者達から自分の研究に対しフィードバックをいただくことや、会期中にテーマについて色々な議論をすることにより新たな研究ヒントを得られることが、大変得難い経験であると思う。是非、多くの大学院生にこの会議の存在を知っていただき、参加してもらいたいと思う。
佐藤は、初日、午前中のセッションにおいて、”Communicating with Nature: A quest for a possibility of non-verbal language” と題し、発表した。今回は3回目であり雰囲気に馴れている事、この会議が院生会議であることから、原稿を読むことなしに発表することを試みた。また、内容に関しても、洗練させたものにするのではなく、あくまでもwork in progressというスタンスで、この一年考えてきた様々な言語に関する問題を、凝縮して発表した。まず、シープドッグが、人間と羊との三角関係の中で、どのように人間のコマンドを理解し、人間の意志を体現するのか、という事例から始め、動物がどのように人間の言葉を理解するのかという素朴な疑問から、「動物と人間は会話できるのか」という大きなKey Questionへとつなげた。次にこのKey Questionを4つのサブ質問に分け、1)言語とは何か、2)我々の言語とは何か、3)コミュニケーションの本来的在り方とは何か、4)ユニバーサルな言語とは何か、という質問からKey Questionへ答えていくという試みを展開した。
今回の発表は、1)他者から与えられた言語(given language)と自分の言語(vernacular language)の差異と、その背景に潜む力関係、どのようにしたら (freedom of speechを念頭に置きながら) 自らの言葉を取り戻すことが可能かというテーマと、2)verbalとnon-verbal言語の比較から、本題である人間以外の生物との会話可能性について論じるという、二つのテーマを混ぜた発表となっていたため、論理的には未熟な段階であると自覚していた。しかしながら(否、未熟な内容だったからかもしれないが)、発表後の議論は非常に活発で、与えられた時間枠を超えてもまだ質問者がいるという状態だった。
印象に残った質問としては、1)神秘、あるいは宗教的な概念とどのように繋げていくのか(古代人の自然との霊的つながり、spiritual ritual to be connected to nature)、2)石などの無生物も原子レベルでみるとsolidに見えるものも常に動いているわけであり、生きているものとしか話せないという枠組み自体を変える必要があるのではないだろうか、3)犬を事例に取ると、domesticateされた動物に限定されてしまうという批判に対応できなくなるのではないだろうか。犬を事例にしながらも、言語以外の会話方法を用いて会話が実際に行われているということを、最新の科学事例を挙げながらも、哲学的に考えていくことができれば、優れた研究になるのではないだろうか。というものであった。コメントとしては1)植物の認識と動物の認識は認知しているレベルが異なるものであり、脳機能の有無において、会話内容の差異もあるはずだ、2)そもそも言語概念というものが会話を不可能にしているという、言語否定論から始めてみてはどうだろうか。言語はテレパシーや協調行為(co-ordination)、empathyを阻害しているものであり、言語ありきではなく、言語無かりせば、を前提とした場合、議論をどのように展開することができるだろうか、3)メルロ・ポンティ(『視覚の現象学』)やレヴィナスの他者論を拡張していく形で、自然をどのように他者として認識し会話するのかという枠組みで展開してはどうだろうか。というものをいただいた。
個人的には、発表後に個別にいただいたコメントや、昼食中に各国から集まった学生達(今年は、アメリカ各地、イギリス、カナダ、オーストラリア、日本からの参加者で、中国からの参加者は皆無であった)との議論や、教員の方々との交流を含め、今後の研究を進める上で参考になる意見を多くいただくことができ、大変実りの多い会議であった。主催者によると、Roger Ames先生の退官のため、来年度予算の状況が不明であるが、ウエヒロ・カンファレンスは今後も続けていきたいとのことだった。また是非、発表と議論の機会が得られるよう、研究に精進していきたい。
文責:佐藤麻貴(東京大学大学院博士課程)