梶谷真司「邂逅の記録80:ラーニングフルエイジング~生涯学び続ける場を作る (1)」
2015年12月20日(日)、「ラーニングフルエイジング 超高齢社会における学びの可能性」というイベントを開催した。これは帝京大学の森玲奈さんの同名プロジェクトとのコラボ企画である。ここに至る経緯には、いささか長い説明がいるので、まずはそのことについて記しておこう。
私が森さんと知り合ったのは2013年。当時私は、京都の総合地球環境学研究所でプロジェクトをもっていて、そのメンバーの一人で大学院の後輩でもあった鞍田崇君から森さんを紹介されたのだった。彼女は、東大の情報学環でU-Talkという東大の教員による一般向け講座のコーディネートをしていて、そこに私を呼んでくれたのが、私が哲学対話を通じて彼女とつながるきっかけになった。U-Talkは土曜日の午後に、本郷キャンパスのカフェで行われる1時間だけの講座で、少し空いた時間に立ち寄れる気軽さのために、"短さ"を大切にしているとのことだった(U-Talkについては、https://fukutake.iii.u-tokyo.ac.jp/utalk/を参照)。私は10月12日に「哲学カフェを体験する!」と題して行った。参加者は20名ほどだったかと思う。30分レクチャーをして、そのあと20分哲学対話を行い、10分質疑応答。ずいぶんと短時間に詰め込んだプログラムで、20分で哲学対話の面白さ、良さが伝わるか若干不安ではあったが、やってみたら、思いのほか好評だった。森さんもこの時、哲学対話に興味を持ってくれたようだった。
それからしばらくして、2014年の7月、森さんのほうから「高齢者の学び」に関する書籍を計画しており、哲学対話の経験を交えて論文を書いてほしいとの依頼が来た。合わせてそれをテーマとする研究会を立ち上げるという。これは彼女が以前から進めてきた「ラーニングフルエイジング」の活動の一つとして構想されたわけだが(このプロジェクトについては、http://learningful-ageing.jp/を参照)、このときは私でいいのか、森さんは何か思い違いか、過大な期待をしているのではないかと思った。たしかに当時、私は高齢者との対話の場を探していた。だから、森さんがやろうとしているテーマと共通点がないわけではないが、いかんせん私は別にこの方面の専門家ではない。機会があれば、いずれ高齢者とも関わろうかと思っていただけで、実際には素人同然だ。だから、彼女から話を受けた時点では、こちらから提供できることはとくにないと思っていた。けれども彼女は、哲学対話の専門家として関わってほしいということだったので、ありがたく引き受けることにした。
そうこうするうちに森さんは、本務校の帝京大学近くの百草団地で、学生とのフィールドワーク中に偶然、今回イベントにお越しいただいた「百草ふれあいサロン」の人たちと知り合っていた。そこで2015年の2月にこちらからの提案もかねて、最初の哲学対話をサロンで行い、「みんなで哲学」というイベントとして、続けていくことになった。ここでの特徴は、その場にいる人たちみんなが対話に参加するわけではなく、希望者だけが対話をして、それ以外の人は同じ空間にいながらも、本を読んだり、将棋をしたり、思い思いに過ごしているということだ。最初は一部の人たちだけでも、徐々に関心をもってくれる人が増えればと思い、けっして無理に対話に誘わない方針であった。
私自身は3月に研究会で、「老いることと哲学すること~哲学対話による老いの共同的転換」と題して発表を行った。そこで私は哲学対話、「老い」の意味、それを考えることの哲学的含意について話をし、そのあと実際に哲学対話を体験してもらった。「自分が年を取ったと思うのはどんな時か」ということでお互いの経験、思いを語り合った。時間があまりなくわずか15分ほどであったが、そのポテンシャルは十分感じてもらえたようだった。
その後3月以降は、月に1回のペースで森さんのプロジェクトの企画のイベントをサロンで続けている。3月は森さんの大学院の後輩で、UTCPで哲学対話を一緒にやってきた宮田舞さんが絵本を使った対話を行い、4月からはNPO法人アーダコーダの井尻貴子さんの協力もいただいて哲学対話を行ってきた。それ以外にもプロジェクトメンバーである「演劇百貨店」の柏木陽さんが演劇ワークショップを行い、同じくメンバーで医師の孫大輔さんは、医療従事者と市民が語り合う場「みんくるカフェ」を百草団地でも開催した。
こうした活動を続けつつ、森さんは百草団地をフィールドとする「多世代で共に創る学習プログラム開発と持続可能な運営者育成方法の検討」というプロジェクトを、科学技術振興機構の社会技術研究開発センター(RISTEX)に申請した。幸いそれが承認されたので、私の方でもこれまでの活動を広く知ってもらうために今回のワークショップを企画した次第である。
(続く)