【報告】第10回 UTCP「沖縄」研究会
2015年5月29日、第10回となるUTCP「沖縄」研究会が開催された。研究会は二部構成で、第一部では後田多敦先生(神奈川大学)による研究発表、第二部では報告者(崎濱紗奈)による輪読発表が行われた。通常10名程度の参加者のところ、今回は20名程が集り大変盛況であった。
後田多敦先生は、長年新聞記者として活躍された経歴を持ち、近年は琉球祭祀(琉球国時代の祭祀)と琉球救国運動(明治政府による琉球併合に反対した士族たちの運動)という二つのテーマを中心に研究を進めているとのことだ。この度は「批評における『史軸』の必要性とその意味――ヤマトと真逆の世界」と題し、琉球・沖縄を語る際における歴史意識の重要性についてご発表頂いた。
お話の中で先生は何度か「復帰後世代」(1972年「祖国復帰」以降の沖縄に生まれた世代)、特に高等教育を受けた「エリート」における歴史意識の欠如という問題を指摘された。その背景には例えば、先生が「真逆」と指すところの、サンフランシスコ講和条約の締結、日本国憲法第9条の問題が横たわっている。サンフランシスコ講和条約の締結および発効を境に日本国は主権を回復したが、反対に、沖縄は日本国から切り離された。日本国憲法第9条は平和主義という憲法理念を体現しているが、それは沖縄への過重な米軍基地負担によって実現されているという矛盾が存在している。これらの「真逆」性を、沖縄戦やその後の27年間に渡る米軍占領時代を経験してきた世代は感覚的に知ることができる。しかし、1972年以降生まれた世代は、沖縄が日本国の一部であることをいわば当たり前の感覚として受け入れており、沖縄戦や占領時代の記憶を自らの歴史意識として体得しきれていないところに、前世代とのギャップがあるのではないか、という問題提起がなされた。
歴史継承というテーマは、沖縄の主要産業である観光という文脈においても常に問題化される。後田多先生は、近年首里城で再現された冊封儀式について、これに対する苦情(中国の沖縄に対する影響力を強めるという苦情)およびそれへの反論が新聞紙上の読者投稿欄に掲載されたことをご紹介された。冊封とは、中国皇帝が周辺国の王権を承認することによって、中国を中心とする緩やかな国際秩序を形成する制度である。明治政府は、冊封を介した琉中関係を断ち切ることによっていわゆる「琉球処分」を遂行した。冊封儀式の再現というイベントは、沖縄に対してエキゾチックなものを求めるという観光客の眼差しに応える側面、あるいは、琉球・沖縄アイデンティティの問い直しという沖縄の主体的欲求という側面、これらが交錯する地点に現れると考えられるが、これがさらに「中国脅威論」に代表されるようなナショナリズム的言説を刺激する、という複雑な状況がある。
後田多先生の刺激的なご発表に触発されて、その後の議論も大変白熱した。特に、「真逆」性をめぐって、なぜ憲法がそこで問題化されるのかについて議論が行われた。沖縄近代史およびその延長線上にある現在の問題を考える際、上述したような戦後日本の矛盾に我々は嫌でも向き合わざるを得ない。だが、この際難しいのは、憲法第9条の矛盾を指摘すると直ちに憲法改正論へと横滑りしてしまう可能性が孕まれるということだ。あれかこれかという単純な賛否を問うだけでは不十分である。しかし、集団的自衛権の容認および行使が政治的課題として主題化されている今、丁寧な議論の必要性を唱えるだけではこれまた不十分である。こうしたジレンマに今我々は立たされているのであり、そうである以上、瞬発的な判断と行動、時間をかけた丁寧な思考と議論、その双方が求められているのではないかと感じる。
第二部の輪読では、柳田国男『海南小記』の「13遠く来る神」「14山原船」「15猪垣の此方」を精読した。ここでは、沖縄島北部の国頭地方での見聞録が中心的に記述されている。柳田が古代日本と沖縄との関連にこだわって調査していたことは周知の通りだが、今回の輪読範囲(たとえば「14山原船」における中国船に関する記述)から、柳田は中国と琉球の関係についても詳細な知識を有していたことが垣間見えると、小熊誠先生(神奈川大学)からご指摘があった。ではなぜ柳田は表立って中国の沖縄に対する影響について言及しなかったのかという疑問が浮かぶが、小熊先生は次のように推論できるのではないかと述べられた。琉球併合から約50年しか経っていない当時、中国との関係について言及することは政治的に敏感な問題を刺激することを意味していたのではないか。“つい最近のこと”である琉球国時代よりも、さらにその前に遡って日本との関係を探ることが柳田の最大の関心事だったのではないか。柳田が活躍した時代は比較民俗学が流行した時代でもある。「一国民俗学」という従来の柳田イメージに縛られず、柳田がどのような動機を抱いて沖縄を旅したのか、輪読の中で引き続き考えていきたい。
次回(第11回)の研究会は9月11日(金)、18時30分より東京大学駒場キャンパス101号館2階研修室で行われます。
報告:崎濱紗奈