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【報告】ショーン・ギャラガー講演会 “Pluralist Approaches to Social Cognition”

2015.07.07 石原孝二, 宮原克典

 6月25日(木)、メンフィス大学のショーン・ギャラガー教授を招いて講演会を行った。現在、認知哲学の分野では、フッサール以来の現象学の考え方を参照しながら、認知科学・心の哲学・精神医学などの諸問題に取り組む「認知哲学への現象学的アプローチ」ないし「現象学的認知哲学」と呼ぶことのできる研究が活発に進められている。ギャラガー氏は、こうした研究動向を先導してきた、現代を代表する現象学的哲学者である。

 とくに最近では、社会的認知(他者理解)に関して「直接的社会知覚(Direct Social Perception; DSP)」および「相互行為説(Interaction Theory; IT)」と呼ばれる考え方を唱えて、大きな注目を浴びている。そこで、この講演会は「社会的認知への多元的アプローチ」というタイトルで社会的認知(他者理解)に関する最新の研究成果を発表してもらった。総勢15名ほどの小さなグループではあったが、参加者の皆様の積極的な姿勢にも助けられて、活発な議論のある有意義な講演会であった。
 以下、講演内容を簡単に報告して、それに対する個人的な感想を述べておきたい。

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 今回の講演は大きく三部構成に分かれていた。まず、社会的認知に関する「多元的アプローチ」と「新しい雑種」という二つの考え方が紹介された。つぎに、脳機能に関する「古典的計算主義モデル」、「予測コードモデル」、「エナクティヴモデル」という三つのモデルが紹介された。最後に、社会的認知と脳機能という異なるレベルの理論の関連性が考察された。最終的に、社会的認知レベルでの対立を解決するためには、まずは脳機能レベルの理解を深める必要があるのではないかと提案された。

 直接的社会知覚や相互行為説は、もともと、社会的認知への「心の理論アプローチ(Theory of Mind [ToM] approaches)」に対する対抗案として唱えられた。心の理論アプローチとは、心の「観察不可能性原理(Unobservability Principle; UP)」を前提に、他者の心的状態を認知するためには推論が必要だとする立場である。とくに、その推論を素朴心理学に基づいた理論的推論だとする立場は「理論説(Theory Theory; TT)」、自分が他者の立場にいることを想像する過程だとする立場は「シミュレーション説(Simulation Theory; ST)」と呼ばれる。それに対して、ギャラガー氏は「他者の心的状態は知覚的に理解可能である」(DSP)、また「各人の推論ではなく、他者との相互行為のなかで成り立つ」(IT)、と主張してきた。

 しかし、本発表において、ギャラガー氏は自分の立場が「社会的認知への多元的アプローチ」であることを強調した。この立場によれば、社会的認知が理論説やシミュレーション説で描かれるような過程で成り立つ場面はないわけではない。私たちは状況に応じて多様な社会的認知能力を使い分けており、そのなかには知覚と相互行為だけでなく、理論的推論やシミュレーション、さらには特定の個人・社会的役割・状況・行動の規則などに関する知識も含まれる。

 その一方で、近年、心の哲学アプローチの陣営からは「新しい雑種(new hybrids)」と呼ぶことのできる見方が唱えられている1。とくに、ギャラガー氏が詳しく取り上げたのは、理論説の論客として有名な哲学者P・カラザースの「雑種的」な理論である。カラザースによれば、直接的社会知覚は、サブパーソナルな知覚過程と推論過程の組み合わせによって成り立つ。そして、ここでの推論過程は暗黙的な素朴心理学に基づく理論的推論だと考えることができるので、直接的社会知覚という考えは理論説の枠内で十分に説明可能である。

 多元的アプローチと新しい雑種は、一見すると良く似ているが、その本質は決定的に違っている。というのも、多元的アプローチが社会的認知能力の多様性をそのまま認めようとするのに対して、新たな雑種は多様な社会的認知能力を一つの観点(カラザースの場合は理論説)から説明しようとするからである。

 では、多元的アプローチと新しい雑種、社会的認知の理論として正しいのはどちらなのだろうか。考察の手がかりとして、つぎに、ギャラガー氏は脳機能に関する「古典的計算主義モデル(Classic computational model)」、「予測コードモデル(Predictive coding model)」、「エナクティヴモデル(The enactivist model)」という三つのモデルを取り上げて、それぞれのモデルが社会的認知の理論に対してもつ意味を検討した。

 古典的計算主義モデルによれば、脳は感覚入力から運動出力を生成する装置だと考えられる。脳機能に関する古典的計算主義モデルは、社会的認知に関する「新しい雑種」と整合的である。

 予測コードモデルによれば、脳は世界の構造に関する仮説を検証/改訂し続ける。脳の機能は、世界に関する仮説に基づいて感覚入力に関する予測を形成し、それを実際に与えられる感覚入力と照合させながら、世界の構造に関するより確からしい仮説を構築することにある。このモデルも脳を一種の推論をおこなうものだと考えるので、一見すると、古典的計算主義モデルと同じように「新しい雑種」と整合的である。

 しかし、予測コードモデルは相互行為説とも整合する可能性がある。というのも、予測コードモデルによれば、脳の仮説形成の過程には「知覚的推論」と「能動的推論」という二つの側面があるからである。一方で、知覚的推論とは、予測誤差が最小になるように仮説を改訂する過程である。他方で、能動的推論とは、世界に運動的に働きかけることで予測にあった感覚入力を生み出し、予測誤差を最小にする過程である。能動的推論に側面に注目するならば、脳機能に関する予測コードモデルは、社会的認知を脳と身体の両方を用いた過程だとする相互行為説と整合的だと考えられることになる。

 エナクティヴモデルによれば、脳は身体と環境を含む力学系のなかに組み込まれた力学的装置である。脳のサブパーソナルな活動は、環境との相互作用における身体活動と同じく、脳と環境の関係が力学的に調整される過程でしかない。脳は推論をおこなわず、表象ではない。脳機能に関するエナクティヴモデルは、脳と環境と身体のすべてが社会的認知の過程を構成すると考えるので、社会的認知に関する相互行為説と整合的である。

 このように社会的認知に関する異なる立場は、脳機能に関する異なるモデルと結びついている。それゆえ最後に、ギャラガー氏は、社会的認知の本性を理解するためには、まずは脳機能のモデルをめぐる問題に取り組む必要がある、という見通しを述べた。また、そこから多元的アプローチの重大な問題点が指摘された。すなわち、心の理論アプローチと相互行為説が脳機能に関する異なるモデルを前提するのだとすると、社会的認知能力の使い分けに応じて、脳は根本的に異なるタイプの機能を実現していることになる。しかし、一つの脳が状況に応じて、単に機能を切り替えるだけではなく、機能の根本的なタイプを切り替えることができるとは考えにくい、という問題である。

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 本講演では「最新の研究成果を紹介してほしい」というリクエストに忠実に答えていただけたようで、ギャラガー氏が脳機能レベルの一元論と認知活動レベルの多元論の架橋に苦戦している様子が良く伝わってきた。おそらくギャラガー氏は、脳機能レベルでエナクティヴモデルを支持しながら、社会的認知に関する多元的アプローチを維持したいのだろうが、まだ十分な見通しはえられていないというのが本音なのではないかと思う。

 最後に、もう一つ個人的な印象を述べさせていただくと、今回の発表を通じて、ギャラガー氏は心と脳の関係に関してD・デネットの「マイルドな実在論」2と非常に近い立場にいるのではないかという印象を受けた。

 ギャラガー氏は、脳機能のエナクティヴモデルを主張しながら、予測コードモデルにも好意的な態度を示していた。つまり、脳が力学系でしかないことを力説しながらも、予測コードモデルの観点をとると、環境のなかでの脳の振る舞いを体系的に予測・説明できることを認めているようであった。

 しかし、脳が一つの力学系でしかないならば、どうして予測コードモデルの観点をとることによって、脳の振る舞いを体系的に予測・説明できるのだろうか。それは、脳はそれ自体として仮説検証機能をもつわけではないが、脳には〈それを仮説検証装置だと見なすことで体系的に予測・説明できるような振る舞いのパターン〉が実際に存在するからであると考えることができる。

 ところが、これと同じように、デネットは、私たちが志向姿勢によって互いの振る舞いを体系的に予測・説明できるのは、人間の振る舞いには志向姿勢の観点から体系的に予測・説明できるような「実在的パターン(real patterns)」があるからだと説明し、このような考えを「マイルドな実在論」と呼んだ。

 そうだとすると、ギャラガー氏は、予測コードモデルで描かれるような脳機能に関して〈マイルドな実在論〉を唱えようとしているのだと理解することも不可能ではない。これは、近年の認知哲学の領域で大いに注目されている予測コードモデルの存在論的な意義に関する興味深い解釈であるように思われる。


1 Gallagher, Shaun. “The New Hybrids: Continuing Debates on Social Perception.” Consciousness and Cognition. Accessed July 5, 2015. doi:10.1016/j.concog.2015.04.002.
2 Dennett, Daniel C. “Real Patterns.” The Journal of Philosophy 88, no. 1 (1991): 27–51.


報告:宮原克典(日本学術振興会特別研究員、立教大学)

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