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【報告】アビリティ・スタディーズへの試み

2015.02.17 石原孝二, 筒井晴香, 池田喬, 稲原美苗, 飯島和樹, 共生のための障害の哲学

2015年1月24日(土)、上廣共生哲学寄付研究部門L2「共生のための障害の哲学」プロジェクト主催の研究会「アビリティ・スタディーズへの試み」が開催された。講演者は池田喬(明治大学)、稲原美苗(大阪大学)、染谷昌義(高千穂大学)、飯島和樹(玉川大学/日本学術振興会)の4名である。

研究会告知に記載の趣旨文でも述べられているように、「アビリティ・スタディーズ(ability studies)」は、「能力とは何か」をめぐって立ち上げられた学際的研究である。2014年9月に大阪大学で第一回研究会が開催され、今回が二回目となる。

以下に各発表の概要をまとめる。

池田は「能力と無力感のあいだ:アビリティの現象学試論」と題し、「できる(ような気がする)」という経験の現象学を取り上げた。現象学研究におけるこの種の経験のオーソドックスな分析は、能力の獲得や喪失をめぐる自分自身についての感情的な側面、即ち喜びや無力感等に焦点化するものであった。池田はこれを踏まえ、能力をめぐる政治的・社会的側面を考慮に入れた分析を提案した。具体的には、I.M.ヤングによる女性の経験の分析を参照しつつ、「できると感じる」という経験が持つ、外的評価や社会的状況に可感的な側面に光を当てた。発表後の議論においては、能力の分析における現象学的アプローチの意義や、自分の能力に関する自身の感覚と外的評価との関わり方、また女性のケースと障害のケースの共通性と差異などが話題になった。

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稲原は「能力・障害のパフォーマティヴィティ:ジュディス・バトラーのジェンダー論から再考するアビリティ」と題し、バトラーのパフォーマティヴィティ概念を障害の分析に応用する試みを提案した。稲原は障害のあり方を、ジェンダーと同様にパフォーマティヴに構築されるものとして捉え、「障害がある」・「能力がない」ものとして扱われることによってそのようなものにされていくあり方を、自身の具体例を交えて描き出した。また、パラリンピック・オリンピックの双方に出場したピストリウス選手のケースを通して、障害/健常の境界を攪乱させるドラァグ的な「障害」のあり方を例示した。発表後の議論では、境界攪乱的とされる事例が、他方で「障害者であっても健常者と同様に振る舞える(べきだ)」という健常者幻想に追従してしまっているようにも見えるとの指摘もなされた。

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染谷による発表「できるまえに始める・始まる―発達・学習・成長を哲学する試み―」では、発達心理学研究を踏まえ、発達や学習における「できるようになる」ことの分析がなされた。染谷によれば、特定の結果の実現を目指した目的志向的な行為観や、特定の行為をなす能力を獲得・所有・喪失といった仕方で理解する従来の能力観は、「できない」状態から「できる」状態への移行を十分に捉え切れない。発表では、赤ん坊のつかまり立ちに関する発達心理学研究を例に、新規に起こる行為は、特定の行為の達成・能力の獲得をめざした結果でなく、環境内のアフォーダンスに関する感受性にもとづいた探索活動の結果として「できてしまった」ようなものとして新規に起こる行為のあり方が描き出された。発表後の議論では、染谷が示した非‐目的志向的な行為観・能力観を踏まえ、われわれが能力に関して所有や喪失のメタファーを使いがちであるのはなぜか、という問いの提起がなされた。

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飯島による発表「わたしたちはどのような能力(の概念)をもっているのか」においては、分析哲学における能力概念をめぐる議論を主軸としつつ、認知科学や心理学等における様々な研究が紹介された。我々が持つ能力概念や我々が行う能力帰属のありよう、能力帰属と道徳的態度の関係などが話題とされたが、中でも鍵となった概念のひとつが、条件法分析による能力概念である。分析哲学においてポピュラーなこの能力概念は、能力を他行為可能性として捉える直観を掬うものである。このような能力概念の困難として、決定論的直観との衝突がある。飯島はこれを踏まえ、決定論が正しくとも帰属されうるグローバル能力(実際に行っていなくともあるといえる能力)と決定論に抵触するローカル能力(環境もすべて考慮に組み込んだうえで実際に行えることについて帰属される能力)の区別の重要性について述べた。発表後の議論では、このグローバルな能力概念の必要性と困難が話題となった。

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「能力」や「できるということ」に焦点化した「アビリティ・スタディーズ」は、理論的新規性に加え、具体的な政治的・社会的諸問題を見据えたプラクティカルな議論が為されている点がその特徴といえよう。四つの発表を通して多岐にわたる話題・視点が提示され、今後の豊かな展開の可能性が示された研究会であった。

報告:筒井晴香(UTCP)

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