梶谷真司「邂逅の記録70:新たな境位への眼差し」
UTCPに参加して3年目、自分ではこれと言えるような特定の方針はあえて決めず、言わば“節操なく”やってきた。
いや、“節操のなさ”こそが方針であったと言ってもいい。それはまた、UTCP全体のスピリットであったと思っている。その結果、私自身も、UTCPも、そしておそらくは哲学そのものも、大きく広がったという確信に近い感覚がある。
そこでキーワードとなるのは「インクルージョン(inclusion)」、いろんなものを巻き込んでいくという構えである。L1プロジェクトの「東西哲学の対話的実践」は、国内外の研究者と洋の東西をはじめ、様々な思想や問題をぶつけ合い、融合していく。L2プロジェクトの「共生のための障害の哲学」は、身体的・精神的に生きづらさを抱えた当事者の人たちとの共同作業として哲学を進めていく。L3プロジェクトの「Philosophy for Everyone」は、年齢・性別・職業を問わず、多種多様な人たちを、ありとあらゆるテーマの対話の場に引き込んでいく。それは、これまで思考の空白地帯だったところに果敢に飛び込み、新たな哲学的営みの境位を開くことである。これまで3年間、それぞれ思いのままに推し進めてきた3つのプロジェクトは、図らずも同じ方向を目指していたようだ。それはおそらく、いま胎動しつつある、来るべき哲学の姿なのであろう。今年は、そのことをより確かな形へと育てていく時期になるにちがいない。
とはいえ、こうした私やUTCPの無節操は、そこに巻き込まれていく周囲の人たちにとっては、面白くもある反面、時に苦痛にすらなるようだ。それとバランスを取るのに必要な配慮が、私にはまだ足りない。また、自分たちがどういう意図で何をするにせよ、思いがけない理不尽に見舞われることもある。そんな時に、自らを守り、戦うためには、別の配慮が求められる。その点で、現リーダーの小林さんは、抜群のセンスをもっている。この3年で、それを学びきれてはいない。今後、身につくこともないかもしれない。それでも、小林さんのそういう才能をこの間そばで見られたのは、望外の幸運であった。
3ヶ月後、彼は退職する。小林康夫のいないUTCPとは、いったいどういうものなのだろうか? 今までどおりというわけにはいくまい。とはいえ、彼がUTCPに刻み込んだものは、残り続ける。私(たち)は、それを引き継ぎ、自分(たち)のやるべきこと、やりたいことをやればいい。それがUTCPを新たな道につながっていくと信じて。
小林さん、ちょっと早いけど、ありがとうございました。
2015年元旦
梶谷真司