【報告】2014年度東京大学-ハワイ大学夏季比較哲学セミナー(9)
ハワイ大学で開催された、2014年度の比較哲学サマーインスティテュートも最後の報告になりました。ハワイ島はキラウエア・ミリタリー・キャンプでの最終回の二日間について、報告いたします。
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最終回にあたる8月21日(木)から22日(金)の二日間は、サマーインスティテュート最終日恒例の参加者によるプレゼンテーションに加え、宮川和尚による二回目の講義が行われた。これまでの三週間の経験をつうじて、学生・教員ともに様々な思いを胸にいだきつつ迎えた最終日であったといえよう。そしてその思いは、公的な関係・場所における発表やある種の意見表明、および私的な関係・場所でのカジュアルな会話などを通じて、この二日間の間に表出されていたという強い印象を受けた。
そのような様々な意見の表出の結果、このサマーインスティテュートに参加することで一人一人がなにを考えたか、あるいはこれに参加するということをどう捉えているのか、ということをお互いにより深い次元で理解し合うことのできる、重要な機会を設ける契機が形成されたのではないかと思われる。その証拠に、21日の夜にはハワイ大学と東京大学の学生が一緒に料理をし、杯を酌み交わしつつ、忌憚のない意見を言い合うという、今回のサマーインスティテュートの中で最も親密で協同的なコミュニケーションをとることができたが、このようなコンヴィヴィアルな関係性こそ、「共生」のために不可欠なものなのではないだろうか。
それでは、具体的にどのような形で最終日が進んでいったのか、報告したい。まず21日は参加者の発表で始まった。東京大学・UTCPからは神戸和佳子氏による浄土教思想(とりわけ親鸞のそれ)の戦後日本思想へのインプリケーションに関する考察と、星野太氏による生物学的な概念に還元し得ない「生」の概念を論じうるような「生の哲学」の可能性をめぐる議論の考察、という二つの発表があった。そして、参加者による発表が午前中に終了すると、午後からは宮川和尚による二回目の講義が行われた。
宮川和尚の講義のタイトルは、「道元と政治性」というものであった。近代の日本思想研究におけるディスコースでは、道元を「非政治的」な「孤独な思索者」として描くことが支配的であった。それは例えば、和辻哲郎における「沙門道元」であり、田辺元における「日本哲学の先蹤」としての道元である。このような道元像に異を唱えつつ、むしろある種の共同性にこそ道元の仏道修行の意味が見いだされるべきではないか、というのが宮川和尚の主張であった。
和尚によれば、僧堂をどのようにシステムとして道元が捉えていたのかということに着目することで、『正法眼蔵』において述べられている「示衆」という形式が浮かび上がり、この形式こそがこれまでの日本仏教にはない新しい共同性を提起しているということであった。この「示衆」という形式においては、それが規定している階層的な差異は絶対的でありつつも、そのような階層は修行が展開するにつれ、やがて消失していくものとしてとらえられている。そこでは、トップによる独裁的な共同性のあり方と、全てが合議で決定されるという大衆主義的な共同性のあり方に、それぞれはらまれている問題を超えるような可能性が構想されていたという。そしてこのような共同性の出現は、道元の思想が、初期の「直下承当」という発想に見られたある種の独我論的な原理から、多声的な原理へと展開したことを意味するのではないかというのであった。そしてこのことを受けて、『正法眼蔵』における「現成公案」の議論は理解されるべきであるという。そのため、この講義の最後は、「現成公案」の解釈を参加者それぞれに委ねる、という形で締めくくられた。
この講義を受けて感じたことは、当時の歴史的背景としてどの程度までの階層が出家することが可能であったのかが少し気になった。というのも、理念的にはすべての衆生が出家者となりえ、仏道修行の結果平等な存在になりうるのかもしれないが、そのような理念と、出家を可能にしている現実的な社会・政治的条件との間には、乖離は存在しないのかどうか、もしもあればそれを道元はどのように捉えていたのか、が気になったからである。
二日目の22日は、一日を通して参加者の発表が行われた。東京大学・UTCPからは、まず釣田いずみ氏による人類学的視点からの海洋保護に関する分析を皮切りに、つづいて藤田由比氏による関係主義的な観点から「自己」はどのように捉えられうるのかという研究、そして城間正太郎氏による柳宗悦の民芸復興運動に関する研究についての発表がなされた。その後、川村による西田幾多郎の哲学における政治の問題に関する研究と、姚晨鈺氏による中国の美容整形に関する社会学的分析、栗脇永翔氏によるサルトルにおける存在論的身体論に関する研究、尹美来氏による感情と倫理的決断の関係性についての考察、そして佐藤麻貴氏による自然と人間の共存に関する哲学的考察についての発表がなされた。以上の発表が終わり、この日の夜はハワイ大学主催のフェアウェルパーテイーが行われ、約三週間にわたるサマーインスティテュートも幕を閉じた。
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以上、全9回を通して2014年度サマーインスティテュートの報告を掲載してきました。最後になりますが、教員・スタッフを代表して、今回のサマーインスティテュート開催にあたって便宜を計っていただいた方々に対して、感謝の意を申し上げたいと思います。
まずは、今年度のサマーインスティテュートを企画・運営していただいたハワイ大学マノア校哲学科の石田正人助教授とロジャー・エイムズ教授に、お礼を申し上げたいと思います。教室や宿泊先、そしてハワイ内での移動まで、ハワイ滞在のすべてを準備していただきました。また、同じくハワイ大学マノア校哲学科のシドニー・モローさんにも、お礼を述べたいと思います。実質的な便宜という面において、大変お世話になりました。
また、東京大学学務課および教養学部経理課の皆様にも、サマーインスティテュート実施にあたって支援していただいたことに関し、お礼申しあげます。
そして、最後になりましたが上廣倫理財団の皆様に感謝申し上げます。三年目になる本サマーインスティテュートも、上廣倫理財団のご理解とご支援があってこそ、可能になっているものです。いつもUTCPの活動に関して寛大なご支援をいただいていることに、あらためて深い感謝の意を申し上げます。
今年度のサマーインスティテュートもまた、様々なことを学ぶ良い機会となったと思います。今回の経験を総括しつつ、来年のサマーインスティテュートの運営に活かすことができたらと思いつつ、ブログでの報告を終えたいと思います。
文責:川村覚文(UTCP)