梶谷真司「邂逅の記録65:熊本での出張対話(4) いよいよ本番!(上天草編)」
2014.2.10 熊本での出張対話(4) いよいよ本番!(上天草編)
翌日12月7日(土)、上天草市役所主催のイベント「愛を語ろう in 上天草X'masカップリングパーティー2013」へ行った。こちらからは、前日の夜に合流したPDの清水将吾さんとRAの神戸和佳子さんが加わり、総勢6人のチームである。12時すぎに最寄り駅の三角に到着し、会場のフィッシャリーナ天草に直行。着いてすぐに市役所の職員の人たちや、ボランティアでイベントの手伝いをしてくださるNPO法人KAプロジェクトの人たちに挨拶をして、会場の設営、細かい打ち合わせをした。
14時30分にイベントがスタート。参加者は上天草在住の男性12人と、近隣の町から来た女性12人。募集人数の20人よりはかなり少なかったが、対話をするにはむしろこれくらいがちょうどいい。それ以外に地元住民の人がオブザーバーとして来ていた。多くが既婚者で、夫婦で来てくださった方も何組かいた。他に市役所の職員の人たち、ボランティアで手伝いに来てくださった人たちも対話に参加していただいた。
質問ゲームでは、駒場祭のときと同様、男性には「自分がいい男だと思うのはどんな人か?」、女性には逆に「いい女だと思うのはどんな人か?」を聞いた。そのあとは、みんなで「愛」に関わる疑問を出してもらった。いろいろ出た問いの中から、最後に投票によって、「愛するのと愛されるのとどちらが好きか?」「愛と恋の違いは?」「愛って何?」「愛があればお金はいらないか?」「友達以上恋人未満ってどこからどこまで?」に絞った。その中からグループごとに問いを選んでもらい、対話をした。グループは全部で4つ、一度は参加者の男女が必ず同じグループになるようにするために4回シャッフルをした。最初はぎこちなかった参加者(特に男性たち)も、2回目以降のグループ討論からは、次第に身を乗り出して話をして、笑ったり真剣に意見を言ったりしていた。
若い人が自分たちの恋愛観や価値観を語る一方、地元住民の年配の既婚者の人が、結婚後お互いの愛情がどう変わるのかを話す。また、地元住民で参加していた人が早々に「実はバツイチなんですが、・・・」と言ってくださったおかげで、参加者で同じ境遇の人が何人もいて、「私もそうなんです」とあっさりカミングアウト。おそらく普通の会話であれば、なかなか口にできないことを話せるのは、何を話してもいいという哲学対話のsafety(安心感)があってこそだろう。そういう場では、一度別れたからこそ言える言葉は、バツが悪いものではなく、かえって聞く者の胸を打つ。
またあるグループでは、女性を誘って一緒に過ごした時、どういう場合だったら脈があるのかという質問をした男性がいた。これはまったく俗な問題であるが、普通の飲み会では、このようなことも真剣に話し合うことはできないだろう。そこにいた女性たちに聞くと、それぞれに考え方が違い、しかもその人の価値観、もっともな理屈があって、そこにいたみんながお互いの意見に感心していた。こうして年齢も立場も違う人が一緒に輪になって話すことで、おのずと自分たちの考えの前提や偏向が明らかになり、物事の見方が広がる。そして何より、いつの間にか率直に親密に話ができる。
4回組み換えをしているうちに時間が長くなりすぎて、多くの人が最後のほうは疲れ気味だったが、続けて行われたパーティーでは、最初からみんな楽しそうに歓談していた。その前の対話なしには、この雰囲気はありえなかっただろう。市役所の人によれば、例年であれば、話の輪の中に入れず、ポツンと立っている人が何人かいるとのことだったが、今回はそういう人が一人もいなかった。成立したカップルの数はそれほど伸びず、その点では目立った成果には結びつかなかった。しかし、対話の時の参加者の生き生きした表情は、いつもの対話イベントで見てきたのと同じだった。パーティーの雰囲気が最初から打ち解けていたのは、明らかに対話の効果だ。パーティーが終わった後、多くの参加者が残って、2次会に行くようだった。それに何より、地元住民の人たちは、みんな口々に「面白かった、またやりたい」と言っておられたし、市役所の人たち、ボランティアで来ていた人たちも、哲学対話が他のいろんな場で活用できそうだと期待の言葉をくださった。上天草市役所の職員の皆様、NPO法人KAプロジェクトの方々、イベントに参加してくださった人たち、地元住民の人たちに心より感謝申し上げたい。とくに最初に私と上天草をつないでくださった熊本県庁の今村さん、最初の企画案を作ってくださった大野さん、私と市役所の間で(おそらくは時に板挟みになりながら)奮闘してくださった木本さん、あと、こんな奇妙な企画にゴーサインを出してくださった岡崎課長に、格別の謝意を表したい。
今回の熊本出張は、私たちのプロジェクトにとって、哲学対話の可能性を広げるいい機会になったし、それ以上に東京にいるだけではなかなか分からない地方の事情について考えるきっかけになった。南阿蘇の農業とエネルギーの問題、上天草での婚活イベント、いずれも相互理解を深め、連帯感を強める必要性が根底にある。哲学対話がもつ力は、どちらの場でも同じように発揮された。とはいえ、これは第一歩にすぎない。このあと具体的なコミュニティ作りや問題発見と解決へ進んでいかないといけない。そこにどれだけの貢献ができるのか。哲学対話はまだまだ進化していける――そう確信した。
(終わり)