【報告】朝の哲学談話――アラン=マルク・リウー氏を迎えて
去る2013年10月18日(金)、東京大学駒場キャンパス101号館研修室にて、小林康夫氏の司会による「朝の哲学談話(Conversation philosophique matinale)」が開催された。
今回お迎えしたのは、リヨン大学教授アラン=マルク・リウー氏である。氏のご専門は、西欧哲学、認識論、科学論であり、先進産業社会における知識の組織化とその状況や、制度化された環境に関する諸政策の比較分析、さらに諸理論の今日における現代化を探求している。また、リヨンにある東アジア研究所のリサーチフェローを務めており、中国や日本の近現代の歴史や政治経済にも精通している。駒場でも過去に何度か講演をしており、今年6月には「もう一つの開けへ : どのように歴史から自由になれるか」をテーマに、2009年6月と7月には「今日の技術の問い」をテーマに発表が行われた。
この日の講演は、そのような氏のポジションから、主に2011年3月11日に起きた震災を巡って、とりわけ福島の原発事故について語っていただいた。会自体は談話形式で進められ、まず、東京大学東洋文化研究所特任研究員である馬場智一氏の質問から始まった。リウー氏の近著『未完の国 : 近代を超克できない日本』においては、80年代の日本経済においてもたらされたような「イノベーション」の可能性が、福島においてもまた生じていると述べられているが、馬場氏自身はこの「イノベーション」という言葉を震災以降の新たな動きに用いることに躊躇いを感じるという。一体どのようにしてこの「イノベーション」という語が、震災後の経済や市民社会に関するリウー氏の思想哲学に結びついているのかというのが馬場氏からの問いであった。
その問いに対して、リウー氏は自らの関心の所在は「イノベーション」という思考を拡大させることにあるのではなく、むしろ「イノベーションを記述的に用いること(Innovation descriptive)」、すなわちテクノロジー、科学、産業との関係性や「創発(Émergence)」という人文科学の視点において記述的にこの語を用いることにあると述べた。氏は、こうした考え方を福島での原発事故や改革を推進する日本社会の中に見出すことができるという。さらにJean-Toussaint Desentiという哲学者の言葉をあげて、社会や科学の改革について語り、その形式や論理を理解しようと努めることの重要性について述べられた。それゆえに、氏は2011年3月11日以降日本社会が思考し、研究したものの中へと入って行く試みをしたのだという。どのようにして社会的な活動がテクノロジー社会において知(Connaissance)を生み出すのか。氏が「イノベーション」という言葉で描こうとしたものは、社会を変容させる知についてであり、社会が被った経験についてではないというのが、馬場氏の質問への応答であった。
つまり、「イノベーション」という概念は、日本社会が経済的あるいは産業的に発展する際に生じる歴史的事実や政治・経済的動向に対して用いられるのではなく、むしろそうした発展や改革に伴う「知」や「叡智」を記述し、またそれを科学へと還元することに用いられたものであるということだろう。リウー氏の問題設定や概念規定は、非常に厳密で精確であり、このような優れた哲学者が我々の住む東アジア地域の歴史や政治・経済を哲学的に分析し、一定の見解を世界的なレヴェルで下していることに対して、畏敬の念を持たざるを得ないという印象を持った。
続いて東京大学UTCP特任助教である星野太氏から質問があった。星野氏は、リヨン大学留学中に実際にリウー氏の授業や講演会に出席した経験から、当時氏が取り扱ったテーマに関連して、グローバル化時代における人文科学や哲学の状況について氏がどのような視点を持っているのかという質問をした。それに対して、まず氏は主に、自らが関わっている研究機関におけるグローバルスタディーズの状況について語った。リヨン大学はGlobal Studies Human Social Sciencesという領域に関わるマスターコースを設けており、そこではフランス人学生が外国人学生と共に学べるようにフランス語の使用が禁止され、英語で授業が行われていると述べた。また、このコースには良い中国研究者がおり、東アジアにおいて真にグローバル化された最初の大学という理念のもと、台湾で遂行された幾つかのグローバルスタディーズのプロジェクトがあるという。授業では、こうしたプログラムを再考し、異文化社会におけるグローバル化に関わる欧米的人文社会科学について、如何なるインパクトが見出せるのかを論じ、フランス思想や中国思想といった従来の思考に捕われず、ある相互の緊張関係や紛争状態という視点から新たな問題系を見出し、研究しているということであった。
その他にも、ダンスにおける主体性の問題やネオリベラリズムの問題等、「イノベーション」という概念をキーワードに、多岐にわたる議論が行われた。この日はリヨン高等師範学校准教授で東京大学研究員のエリーズ・ドムナック氏、首都大学東京准教授の西山雄二氏にもご参加いただき、少人数ながらも大変充実した議論を行うことができた。
報告 : 山岡利矢子(UTCP)