【報告】L2プロジェクト 共生のための障害の哲学 第11回研究会 シンポジウム「性同一性障害」の行方
アメリカ精神学会の心診断基準が改定され、2013年5月にDSM-5として出版された。DSM-5において、従来の「性同一性障害」(Gender Identity Disorder)が「性別違和」(Gender Dysphoria) に変更された。この変更の背景にはどのような影響があり、今後どのような影響を与えていくのかについて検討を行うことを趣旨として、2013年7月25日にシンポジウムが開かれた。シンポジウムでは、あべメンタルクリニック院長で精神科医の阿部輝夫先生、はりまメンタルクリニックの院長で同じく精神科医の針間克己先生、大阪府立大学大学院人間社会学部人間社会科学教授の東優子先生がご講演をしてくださった。
阿部先生は性障害、性同一性障害、同性愛を巡る疾病分類・概念の変遷を、DSMの歴史から説明して下さった。最初に、同性愛の診断基準の変遷について焦点をあて、同性愛が人格障害という位置づけに始まり、その後心理的要因が重視されてパーソナリティディスオーダーから切り離され、DSM-4からは精神障害から除外された経緯が紹介された。性同一性障害も同じ変遷をたどり、最終的には精神障害という枠組から除外されていくであろうという見解を述べられた。
針間先生はDSMとICDを比較し、新案基準を読み解くことによって、性同一性障害概念について検討された。DSMと並び、WHOの国際的な精神科診断基準としてICDが用いられている。ICDは改訂を重ね、現在第10版までが刊行されている。DSMとIDCの診断基準の相違点としてあげられることとして以下の考察を述べられた。DSMはトランスジェンダー概念の進展と精神疾患から除外してほしいという訴えの広がりの中、精神疾患としての色調は薄めながらも、幅広い層、性の在りようの多様さを診断下に含むものとなっている。一方、ICDでは、心と体の性の不一致への治療の医学的必要性を担保すべく、一致させたいと考えている人のみを病気と定義するというコンセプトの違いを指摘された。
東先生は、脱精神病理化をめぐる動向について、World Professional Association for Transgender Health(WPATH)という組織を例として取り上げつつ、トランスジェンダーの問題に積極的に取り組んでいる世界のいくつかの例を具体的に紹介してくださると同時に、ジェンダー自体の社会的・文化的影響の受容についても言及された。
ご講演後の総合ディスカッションでは、参加者から多くの質問がされて活発な議論が交わされた。とりわけ、DSMの性別違和診断基準についてや、DisorderとDysphoriaという語の使用については様々な 意見が出された。特に性同一性障害から性別違和への名称変更に関する議論の中では、阿部先生は精神科医としても支持する立場であることを述べられた。針間先生も、一長一短があると指摘されつつ、日本において精神疾患であるということに関してデメリットは少なく、疾患であるということは当事者にとってはいいこともあるのではという見解を示された。また、「性別違和」になることは、受診者における多様な性別違和のありようという臨床的現実には即していると、実践に即した臨床家の立場からのご意見も印象に残った。一方で東先生は、保健サービスの問題、法律、スティグマへの根拠づけが変わらないという社会との現実と照らし合わせると、疾患であるということのデメリットは多いことを指摘された。さらに、日本の現代社会においてケアの担い手を考えた時に、全てが医療と直結するしかなく、医療に還元されてしまう現状について述べられた。社会的文脈が障害という概念を作り上げることを強調された。
今回のシンポジウムでは、「性別違和」をめぐる議論が展開されたが、精神医学において扱われる、他の障害や症状についても、その概念を詳細に検討してゆく実践に向けて、多くの示唆が提示されていたと思う。
報告:高崎麻菜(UTCP・RA)