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【報告】ジェローム・レーブル講演会「リオタールとヘーゲル――争異と弁証法的差異」

2013.10.28 小林康夫, 馬場智一, 星野太, 西山雄二

2013年10月22日、国際哲学コレージュ・プログラム・ディレクターのジェローム・レーブル(Jérôme Lèbre)氏を迎えて、セミナー「リオタールとヘーゲル──争異と弁証法的差異」が開催された。

レーブル氏はベルナール・ブルジョワに師事して、ヘーゲルに関する博士論文『アイデンティティの筋道』を執筆し、後に単行書として刊行している(Le Fil de l'identité, Olms, 2008)。その他にも、ヘーゲルとフランス現代思想(ドゥルーズ、デリダ、リオタール)の関係を論じる『現代哲学の試練にかけられるヘーゲル』(Hegel à l'épreuve de la philosophie contemporaine, Ellipses, 2002)、『速度』(Vitesses, Hermann, 2011)、『デリダ──条件なき正義』(Derrida: la justice sans condition, Michalon, 2013)などがある。

今回のセミナーは重厚な講演原稿が用意されていたのだが、司会の小林康夫氏の判断で即興的な哲学対話が展開されることになった。参加者としてはフランス語を話さない学生が多かったので、小林氏と私も含めて、東京大学CPAGの馬場智一さんとUTCPの星野太さんによる4人が交代で通訳してパフォーマティヴに会が進行し、会場は終始スリリングな躍動に包まれた。

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レーブル氏は個人的な経験から話を始めて、ベルリンの壁が崩壊し、冷戦が終結した後、マルクス主義をいかに読み直すのかという問いに直面したと口火を切った。政治哲学の重要性が再認識され、哲学体系のなかで政治哲学を位置づけるという課題が浮上してくる。また、教条主義的なマルクス思想から脱却するためにヘーゲルに立ち戻り、弁証法の論理を把握する必要があったという。

現代フランス思想の文脈において、ヘーゲルはすでにドゥルーズやデリダ、リオタールらによって批判的に読解されてきた。自己同一性に立脚した弁証法的差異を解釈し直し、差異différenceの概念を変容させることで(「差異化différenciation」「差延différance」「争異différend」)、多様性や特異性を解放することが彼らの哲学的戦略だった。リオタールに関して言えば、彼は「争異différend」をヘーゲルの弁証法的差異に対置する。「争異」とは、「当事者双方の議論にひとしく適用されうる判断規則が存在しないために、公平な決着をつけることができないような争いが両者間に起こる」ことだ。ヘーゲル的な「係争litige」が一元的な法の下で、相異なる議論を裁いて決着を付けるとすれば、「争異」には共通の地平が欠けているため、「一方が正当だからといって、他方が正当でないという理由にはならない」。「争異」はヘーゲルの弁証法的差異を問いに付し、一元的な法の下で止揚されえない「異質なものの権利」を垣間見させるのである。

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ヘーゲルの弁証法的体系の法に対して、リオタールはカントへと回帰し、さまざまな「規則règle」に着目する。ヘーゲルの一元的な法の体系とは異なって、カント哲学においては認識的、実践的、審美的な規則が併置されるのだ。リオタールはヴィトゲンシュタインの「言語ゲーム」にならって、メタ言語が存在せず、異なった有限で翻訳不可能な言語の諸ジャンルを想定する。例えば、文には、事実認識を目的とする直示的な文、当為を告げる規制的な文、既存の法を示す規範的な文などがある。「窓が開いています」は事実確認でもあり、「窓を閉めてください」という規制的な効果をももつ。同じ世界に対して異なる文が用いられるのであり、リオタールによれば、異質なジャンルの文がもはや統御されえない状況こそが「争異」をもたらすのである。

「争異」の格好の事例として、アウシュヴィッツの生存者やその証言や裁判が引かれていたが、「争異」の出来事は言語活動の特性そのものである限りにおいて、ごく日常的に生じるものだろう。リオタールは他者の異質な言語に耳を傾けるという倫理を導き出したが、レーブル氏はそれでは不十分だと異議を唱える。高度資本主義はまさに異質なジャンルの言語を加速化させており、リオタールの倫理はいまや現状追認的に映る。「争異」には弁証法的な統合とは異なる、何らかの「決定」の契機が必要ではないだろうか。現在、「争異」から抵抗や批判の力を引き出すためには、無際限の多様性に介入する個人的ないし集団的な「決定」が不可欠ではないだろうか、というのはレーブル氏の結論であった。

文責:西山雄二(首都大学東京)

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