【報告】ハラルド・レムケ氏講演会「公共福祉とよき生の経済へ向けて」
2013年10月18日、東京大学駒場キャンパス18号館4階コラボレーションルーム3で、Harald Lemke(ハラルド・レムケ)氏による講演、"Toward an Economy for Common Welfare and Good Living"(公共福祉とよき生の経済へ向けて)が開催された。レムケ氏は食の哲学に関する論文でフランクフルト大学にて博士号を取得し、現在ザルツブルグ大学・食の哲学学際研究センターの教授を務められている。食に関する学際的研究のほか、友愛・政治的自由論、さらにフーコー研究にも携わり、近年では新しい経済のあり方の研究も携わるなど、幅広く活動されている。この講演はL3プロジェクト「哲学をすべての人に」主催で催され、学内外から多くの参加者が訪れた。
この講演で、レムケ氏は新しい倫理経済学(ethical economy)の建設をよびかけている。氏によれば、カント主義は人間の自律性を重視するが、人間の自律性を基礎とする経済学の構成には至らなかった。他方、マルクスはドイツ観念論を批判し、「人間の理性」から「資本」へ、「倫理」から「経済」へと視点を移し、経済の実態を凝視しようとしたが、マルクスは道徳的ヒューマニズムの立場からすぐに資本主義経済を批判するようになり、人間の尊厳と自律性を最高善とするカントの学説に立ち返ったのである。このような思想的な流れを受けついで、レムケ氏は倫理的なよき生と経済的実態を結ぶ学として、従来分断されていた「倫理」と「経済」を再度統合する新しい倫理経済学を提唱したのである。氏はこれによって、成長のための無限の成長、経済人(homo economicus)のエゴイズムといった現代経済の諸問題を克服し、新自由主義的資本主義のグローバル化の支配から経済を自由にすることを考えている。
レムケ氏によれば、資本主義は金銭的な指標によって経済的価値、ビジネスの成功、および経済成長を測定しているが、この指標は健康な生活と自然環境に真に不可欠なものを教えてくれることはない。資本主義は、お金や利益の最大化と競争をその推進力としており、本質的にエゴイズム、社会ダーウィニズム、さらには無責任を促進してしまう。つまり、そこでは協力、互恵、責任が発展させられることがない。新自由主義の価値観やメンタリティにおいては、社会が共通善のために富と経済的成果を最大限に生かすことが阻まれている。これに対して氏は、ポスト資本主義経済として、より生態学的で持続可能な、より協力的で民主的な公共福祉の倫理的な基盤を作ることを提案し、競争から協力へ、自身への関心から共通の関心への転換を力説している。
レムケ氏は従来の経済指標GDPにとって代わる幸福指数を提示し、非金銭的、倫理的な価値指標によって経済を測定することを主張する。さらに共通善のための税政策や金融政策などによって、現在の新自由主義経済を倫理的経済に転換すること、労働時間を制限して非経済活動や日常生活のための活動(幸福のための時間)を増やすこと、収入を調整するベーシックインカム制度を実現することを提案した。氏は最後によき生のための「六大」活動、即ち友情、よき食品、DIY、文化、民主主義、身体の健康を取り上げた。氏は日常生活の中で日々これらの活動を実践し、よき生の実現することを、熱意をもって語ってくれた。
講演後、会場を含めた質疑応答では盛んな議論が行われた。中では資本主義をどう定義するか、今の日本社会をポスト資本主義と捉えられるかといった質問、レムケ氏の視座とアマルティア・センやマーサ・ヌスバウムの学説との相違や関連についての質問があった。さらに責任の問題をどうとらえるべきか、共通善の内容をどのように理解すべきかなどにまつわる議論があった。最後には、発展途上国における新しい倫理経済学の可能性やTPPの是非など、より現実的な問題についても議論がなされ、講演は盛況の中終了した。
報告:那希芳(UTCP・RA)