【報告】ティ・ミン=ホアン・ンゴ氏講演会
2013年7月30日、東京大学駒場キャンパス101号館研修室で、ティ・ミン=ホアン・ンゴ氏による講演、"Socialist China and Human Rights in Response to the West: Universalism and Nationalism"が開催された。ンゴ氏は現在フランスのエクス=マルセイユ大学アジア研究所の研究員として、中国近代史を研究されている。本講演は、L1プロジェクト「東西哲学の対話的実践」主催の、Asian Philosophy Workshopシリーズの第9回目として開催されたものであり、学内外からの参加者を迎えた中、発表と議論がなされた。
本講演は、「人権」概念が社会主義中国において、どのように受容され理解されてきたかということに関する、歴史学的考察であった。ンゴ氏はまず、人権という概念がどのように西洋社会の文脈において出現したのかということについて、論じられた。ンゴ氏によれば、人権は地政学的に「西洋」として想像された地域において生じた概念であり、主に市民革命を通じて、平等主義的な近代的理念として広まっていったとのことであった。それゆえ、人権には人間の解放あるいは自由といったような革命主義的な含意があり、それは集合的でありかつ個人的な権利として理解されているのである。
人権は普遍的な概念として捉えられているが、その普遍性は西洋由来の自然権思想、すなわちすべての人間が、等しく平等に生来のものとして持つ権利、という思想に基づいている。つまり、人権概念の普遍的性格は、東アジアにおいてはそもそも自明ではなく、欧米によるグローバルな政治の展開に伴って、自由主義、資本主、ナショナリズム、そして帝国主義とともに、伝播したものなのである。そのため、人権概念の中国への導入も、アヘン戦争後に近代化=西洋化に先んじた日本を通じてなされたものなのであった。
このような普遍概念としての人権の中国への導入は、中国で伝統的に普遍的なものとして理解されてきた概念との葛藤を生み出した。その概念とは、いわゆる「天下」概念である。伝統的な中華帝国レジームにおいては、「天下」における「仁」をもとにした冊封関係という、儒教的な普遍主義的政治・社会秩序が機能していた。そして、ンゴ氏によれば、中国における社会主義は、この伝統的儒教的普遍主義と、西洋由来の人権的普遍主義、そしてマルクス主義的普遍主義を節合することによって、自らの普遍主義的主張を構築していったとのことであった。
特に、人権概念の導入は、それまで各地方の軍閥によって恣意的な権力が行使されていたという暴力に対抗して、権力を一つの党に集中させた統一国家の確立の正当化原理として、大きな役割を果たしたと、ンゴ氏は主張された。その結果として、人権主義的普遍主義は、社会主義中国という、ナショナリズムを正当化する原理として機能することになった、のである。
ンゴ氏の発表の後、ディスカッサントであるヴィレン・ムーティ氏によるコメントがあった。ムーティ氏のコメントは、普遍主義と特殊主義の関係をどのように我々は理解すべきか、という問題提起であった。実際、人権などの普遍主義的概念は歴史的に生じ、そして資本主義という特定の時代の経済体制によって広まっていったものである。このような歴史的与件によって構築されているのは、国家や国民などの特殊主義的な概念も同様なのであるのだ。このコメントの後、日本での人権概念の受容などを巡って、活発な議論がなされ、本講演は盛況の中終了した。
報告:川村覚文(UTCP)