【報告】2013年度 高校生のための哲学サマーキャンプ
2013年7月30日から31日の2日間にかけて、「高校生のための哲学サマーキャンプ」が上廣倫理財団の主催で開催された。今年度で第2回目となる本イベントは、「日本倫理・哲学グランプリ」(国際哲学オリンピックの日本代表選考を兼ねるエッセイコンテスト)に向けた準備のためのものだが、同時により広い意味で、哲学的問題について書き、話すという体験を高校生にしてもらうことを目的としている。全国の高校から18人の高校生たちが集まり、1日目は国立オリンピック記念青少年総合センター、2日目は東京大学駒場キャンパスで行われた。講師は、北垣宗治先生(国際哲学オリンピック日本組織委員長)、林貴啓先生(国際哲学オリンピック日本組織委員)、梶谷真司先生(UTCP)、星野太先生(UTCP)、それから本イベントのために研修会を行ってきた教員および大学院生であった。
1日目は、2人の高校生につき1人のチューターが付き、エッセイの指導が行われた。エッセイを書くもとになる3つの課題文として、エピクロスの「死」についての一節、オスカー・ワイルドの「美」についての一節、三木清の「幸福」と「徳」についての一節が抜粋されている。まずは、高校生が自分なりにエッセイを書き、次に、チューターに質問を受けながら、自分のエッセイを「理由」「具体例」「反論」などの要素に分解する。最後に、不足する要素を補いながらストラクチャーを構成し、それを全員の前で発表する。開会にあたって梶谷先生が言われたように、哲学のエッセイを書く際には、議論を組み立てて書く必要がある。つまり、問いから始まって結論に至るまでが、理由や具体例などによって説得的につながっていなければならない。いくらよい考えがたくさんあっても、それを並べて文章にすればよいというものではないのである。そのような書き方があるということを、チューターとの練習を通じて掴んでもらうというのが、1日目の主要な目的であった。
私自身も高校生2人のチューターをしたが、2人ともエピクロスの「死」についての同じ文章を選びながら、まったく異なる思考を、それぞれ独特な仕方で展開していたのが興味深かった。明確なストラクチャーを組み立てるといっても、生や死といった巨大な哲学的問題を前にしながらそれを行うわけで、すんなりといくはずはない。重大な論点ほど扱うのが難しく、制限時間もあるため、興味深い論点は必ずしも最終的なストラクチャーには取り入れられなかった。しかし、自分でストラクチャーを作って発表することで得たものは、難しい論点について時間をかけて考える際にも必ず役立つだろう。
夕食後は、中川雅道先生(早稲田摂陵中学・高等学校)のファシリテーションで哲学対話を行った。チューターも高校生たちの輪に入って座り、全員が問いを出したうえで、「向いていること(得意なこと)」について話し合った。哲学対話では、制限時間に追われることもなく、ゆっくり考えることが推奨される。また、結論を導くエッセイとは異なり、哲学対話ではむしろ問題が増えていき、結論がますます見えなくなる方向へと進む。高校生たちは、哲学の議論がもつ正反対の2方向を、同じ日に体験したわけである。全員での哲学対話のあとは、それぞれが自由に語り合う時間となった。たくさんの高校生とチューターが、夜遅くまで残って話をしていた。
2日目の朝は、朝食後、電車で駒場キャンパスまで移動した。夏の木々が茂るキャンパスを少し散歩したのち、大きな教室に入り、新たな雰囲気の中でのスタートである。この日は、グループ・ディスカッションによるストラクチャー作りを行った。高校生たちは6つのグループに分かれ、それぞれに2人ずつチューターが入った。
この日の3つの課題文は、ジャック・アタリの「苦痛」についての一節、パウル・ティリッヒの「信仰」についての一節、孟子の「感情」についての一節だった。まずはグループで1つの課題文を選び、それについて自由にディスカッションをしたのち、ディスカッションで出された様々な論点をもとにストラクチャーをまとめあげていく。1人で考えていたのでは出てこないような論点を発見し、そうした論点をもストラクチャーに取り込んでいくような思考の作業を行うのが狙いである。
私が入ったグループは、アタリからの引用を選んだ。「なぜそもそも苦痛を避けるのか」という、素朴ながら大きな問いや、「苦痛は信号そのものなのか、それとも信号の結果なのか」のような繊細な論点が出てきたが、やはり限られた時間では展開が難しいのか、ストラクチャーには取り入れられなかった。だが、私の入ったグループに限らずどのグループも、パネルにストラクチャーを明快にまとめて発表するという目標を、見事に達成していた。
すべてのグループが発表を終えたあと、全体でのディスカッションが行われた。「信仰」についての発表を踏まえて、「信仰をもつために集団は必要か」のような興味深い問いが提起され、それに対し、「1人で信仰をもっているように見えても、実は集団が想定されているのではないか」という考えが出されたりした。ストラクチャーを組み立てる作業をしたうえで、さらに対話によって考えることで、新たな問いが出てきたのである。組み立てる思考と対話の思考を、これからも高校生たちには繰り返していってほしいと思う。
最後に、北垣先生と林先生から、高校生たちに激励の言葉が贈られた。耳を傾ける高校生たちから疲れは感じられなかった。こうして今年のサマーキャンプは幕を閉じた。
(報告:清水将吾)