【報告】ルー・マリノフ教授講演会「哲学プラクティスへの招待」
2013年5月20日(月)、東京大学駒場アクティブラーニングスタジオ(KALS)にて、ルー・マリノフ氏による講演会が開かれた。マリノフ氏は、哲学カウンセリング・哲学コンサルティングといった実践の先駆者であり、現在ニューヨークを拠点に活躍している。今回は、特に哲学カウンセリングの実践を中心に、哲学プラクティスの全体を一望するお話をいただいた。
あらゆる学問分野では、基礎分野と応用分野の2つが並立しているのに、なぜ哲学に限って、応用分野が存在しないのか。こんな問題提起から講演は始まった。「哲学プラクティス」とは、まさにこの応用分野を担うものである。哲学プラクティスの中には、子どもたちへの教育として行われるP4C(子どものための哲学)や、 大人が集まって行うソクラティックダイアローグ、街で開かれる哲学カフェ、など様々なものが含まれるが、マリノフ氏が特に実践しているのは、一対一での関わりを基本とする「哲学カウンセリング」と、企業などの集団を対象とする「哲学コンサルティング」である。
カウンセリングにせよコンサルティングにせよ、特徴的なのは、クライアントの現実的な問題を短期的に解決に導くために、哲学が用いられるということだ。これは、深遠で答えが無いような問題に時間をかけて取り組み続ける、といった従来の哲学イメージとはかけ離れている。しかし、まさにここに、哲学が単なる趣味道楽にとどまらず、職業として成立する契機がある。言い換えれば、哲学は、研究者以外の人々にとって、単に閑暇における思索の喜びを与えるだけではなく、その現実の生をよりよいものへと変えていく力を持っているのだ。
哲学カウンセリングの形式は、心理カウンセリングと似ている。カウンセラーはクライアントの話を聴き、その問題を解決するための援助をする。しかし、心理カウンセリングと異なるのは、カウンセラーが「クライアントはどのようなタイプの哲学者なのか」を見抜き、問題解決に有効と思われる哲学理論を提示するということだ。ここで提示される理論は、古今東西のあらゆる思想・哲学にわたっている。クライアントは、この提示された理論を手がかりに問題を捉え直すことで、みずから解決に至ることができる。マリノフ氏の言葉では、「クライアントが自分の判断を正当化し、自分の判断に基盤を与えるために、哲学の理論が役立つ」とのことであった。
これは一見、哲学の様々な理論を軽卒に個別の問題に適用してしまっているように思われるかもしれないし、哲学が「人生訓』へと成り下がっている印象を受けるかもしれない。しかし、そうではないのだ。このカウンセリングを支えているのは、ひとりひとりがみな哲学者なのだという考え方だ。クライアントにとって哲学は、外から与えられるものでありながら、同時に内から、みずからはじめていくものでもある。クライアントの抱える問題は、どんな人にも必要な「哲学すること」の不足から生じているのである。
講演会の参加者からは、問題への対処方法が「なぜ、どのような場合に、哲学カウンセリングでなければならないのか?」という質問が出た。心理カウンセリングでも、クライアントと親しい人(家族や友人)との関わりでも満たされないような、哲学でなければならない必然性はどこにあるのか。この問題については、講演では答えが得られなかったが、しかし、講演で示された様々な事例は、そのような必然性がきっとあるのだと感じさせるに十分なものであった。なぜ哲学なのかという問いは、マリノフ氏の実践にふれた聴衆に残された、宿題のようなものになったことと思う。
(報告:神戸和佳子)