梶谷真司「邂逅の記録48:新年度キックオフミーティングを終えて」
2013.05.05 新年度キックオフミーティングを終えて
上廣倫理財団による寄付研究部門としてスタートしてまさしく怒涛のような1年間が過ぎた。その間、大きなイベントで言えば、夏のハワイ大学での共同セミナーが筆頭にあげられる。これは、サマースクール的な意味合いもあり、少なくとも哲学の分野では、東大で(たぶん日本で)日本初の試みであった。だが、意外にやってみるとできるものだ。もちろんハワイ大学のエイムズ先生と石田先生、大学事務、財団による追加支援など、多くのものがあってのことであるが、やはりまずはやってみることが重要だということが分かった。前例がないことは確かに不安材料も多いし、そもそも何がどうなるか分からない。ノウハウもない。でも、だからこそそのつど何とか作っていけばいい。それだけのことだ。
UTCPの運営全般も同じようなところがある。いずれにせよ、私にとっては初めてのことばかりだが、とにかくやってみること、やってもらうことが大事だった。幸いスタッフはみんな頼りになる人たちばかりで、彼らと、小林先生、中島先生のアドバイスのおかげで、基本的には流れに任せていればよかった。また、個人的には、いろんな講演、シンポに出たおかげで、視野が驚くほど広がった。そういう意味で、得るものがはなはだ多い一年だった。
そして迎えた4月13日、新年度のキックオフシンポが開催された。一年前の訳も分からず、無我夢中でやったのとは違い、今年は、近くにいるスタッフもみなよく知った人たちで、私自身、自分の役割、立場もよく分かっているから、落ち着いて迎えることができた。総合司会もL1のコーディネーターの石井剛さんにやっていただき、臨機応変に協力する呼吸も身に着いた。
さて、今年度のテーマは「Radical Encounter in Philosophy - 共生の深みへ」で、Lプロジェクトごとに一つのセッションを設けるという形で行った。昨年度との大きな違いは、L1の「東西哲学の対話的実践」とL3の「共生の政治国際会議」を前者に統合した点、その代わりにもともとSプロジェクトだった「研究・教育の一般的方法としての哲学的思考」を「Philosophy for Everyone(哲学をすべての人に)」としてL3に格上げしたことである。
第1セッション L1「東西哲学の対話的実践」では、筑波大学の井川義次さんをお招きし、「知の照応――宋学と啓蒙の哲学者たち」というテーマでお話しいただいた。井川さんは『宋学の西遷――近代啓蒙への道』という大著において、中国思想がヨーロッパの啓蒙主義に大きな影響を及ぼしていたことを、古典中国語、ラテン語、ドイツ語の文献を分析することで跡付けた。講演では、この壮大にして緻密なお仕事の一端をご紹介いただいたわけだが、こうした東西思想交流史の流れから見れば、近代日本が出会った西洋の思想も、実は中国思想を介してすでに接近していたということができる。私たちのプロジェクトは、それを現代において引き受け、さらに発展させていく試みなのであろう。
第2セッションは、P4E(Philosophy for Everyone)プロジェクトの活動を、立教大学の河野哲也さんを迎えて、私とディスカッションをするという形で紹介した。まず、昨年度のSプロジェクトの説明と、哲学オリンピック、夏のハワイでの子供のための哲学(P4C)の見学、高校生のためのサマーキャンプ、11月の初のワークショップなどの実践、哲学教育の世界で活躍しておられる土屋陽介さんたちと交流など、哲学対話というより広い活動としてLプロジェクトを拡大した経緯を説明した。その後河野さんからご自身の活動、哲学プラクティスをどのように見ておられるかについて話をしていただき、また、会場にいらっしゃった土屋さん自身にも小中学校での哲学対話の授業についてお話しいただいた。今後哲学対話の実践が、様々な形で社会に広がっていく可能性をアピールできたのではないかと思う。
次のL2「共生のための障害の哲学――2年目に向けて」では、コーディネーターの石原孝二さんがこの一年の活動を振り返り、プロジェクトの趣旨として、障害者と健常者の間の違いを解消するのではなく、その差異じたいを問い直し、差異のある者どうしとして共生を目指す研究・実践をしていくとのことであった。このプロジェクトは、研究会やシンポジウムに参加して、個人的には非常に多くの刺激を受けることができた。とりわけ「当事者研究」というのは、哲学対話とも重なる部分も多く、哲学プラクティスをより深く理解し、理論的に捉えるのに大いに学ぶところがあった。
当日は上廣倫理財団からも参加していただいた。財団の方々には、常に私たちの活動を実際に見て関心をもってくださっていること、そのうえで支援をいただいていることに、格別に深い謝意を感じている。こうしてお互いの間に強い信頼関係があるため、私たちもいい意味での緊張感をもって活動をし、それが私たち自身にとっても意義のあることをしているという確信につながっている。
また昨年度のスタッフは、就職や学振の特別研究員採用などの喜ばしい理由からUTCPを早くも卒業することになり、PDを3人、RAを3人新たに迎えることになった。そういう意味では今年も新体制でのスタートとなったが、寄付部門としては2年目でもあり、昨年以上の成果を出していけるのではないかと思っている。