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【報告】アンヌ・チャン教授講演会

2013.05.01 中島隆博, 星野太

2013年4月9日(火)、東京大学駒場キャンパス101号館2階研修室にて、アンヌ・チャン教授(コレージュ・ド・フランス)の講演会が行なわれた。

チャン教授は、その前日(4月8日)に日仏会館で「中国は普遍的に思考することができるか?」という講演会を行なった直後であったが、この日は“La petite histoire après L’histoire de la pensée chinoise”と題し、氏の代表作である『中国思想史』をめぐってフランス語での講演とディスカッションが行なわれた。

そのタイトルが示すとおり、この講演会は『中国思想史』が刊行された後の反響や、同書がさまざまな言語に翻訳される中で得られた新たな知見を披露するものとなった。同書は今から三年前に日本語にも翻訳されたが(『中国思想史』志野好伸・中島隆博・廣瀬玲子訳、知泉書館、2010年)、この日は同書の著者および訳者三氏が揃い、きわめて親密な雰囲気のもとで充実したディスカッションが行なわれた。

講演会で提示された論点は多岐に及んだが、なかでもその話題の中心にあったのが「翻訳」をめぐるものであったことは衆目の一致するところだろう。氏は『論語』の仏訳などの訳業でも知られているが、そもそもフランス語で書かれた初めての本格的な中国哲学の通史である『中国思想史』という著作そのものが、古代以来連綿と続く中国哲学の諸概念をすべてフランス語に移しかえるという壮大な仕事と切り離しえない。その『中国思想史』がヨーロッパの諸言語、さらには日本語へと翻訳されるなかで、同書で用いられていた諸概念はさらに新たな地平へと導かれる。具体的には、「君子」や「小人」といった概念をいかなるフランス語に置きかえるか、さらにはそれらの語彙がイタリア語をはじめとする西洋諸言語に移しかえられたときに、いかなる変容を蒙りうるのか——チャン教授は、同書の各国語の訳者とのあいだで生じた実際の「対話」にも言及しつつ、哲学的な語彙が複数の言語を跨いで伝達されていくさまをきわめて具体的に、なおかつ広い射程とともに披露してくれた。

講演会の中で、特に印象的だった言葉がある。報告者の手元のメモによれば、チャン教授は、以上のような書物の翻訳のプロセスを「生」や「旅」という言葉によって形容していた。すなわち、書物とは「旅するオブジェ」であり、それは書かれたその瞬間から「みずからの生を生きる(vivre sa vie)」ことになる。それゆえ、翻訳の問題は『中国思想史』という書物にとって副次的なものではまったくなく、そのプロセスこそが同書の「生」をしるしづけるものなのだ。

『中国思想史』の読者であれば承知のように、「歴史(histoire)」とは、そもそも同書にとってきわめて重要な概念であり、チャン教授はその後も数度にわたってこの概念を問題とする講演を行なっている(『中国思想史』邦訳の「解説」を参照のこと)。本講演会は、中国哲学/中国思想史をめぐる歴史叙述という大きな問題を視野に収めながらも、『中国思想史』という書物がこれまで辿ってきた小さな生の歴史=物語へと私たちを誘う、きわめて魅力的なものであった。

報告:星野 太(UTCP)

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