【報告】L2プロジェクト「共生のための障害の哲学」第5回研究会
2012年9月13日、日本学術振興会特別研究員PD/大阪大学大学院文学研究科の東島仁氏と三重県立看護大学看護学部の浦野茂氏が、発達障害をテーマにそれぞれ異なるパースペクティブから講演を行った。
まず、東島仁氏が「診断をめぐる期待と危惧:自閉症スペクトラム障害を持つ子どもの親の意見から」と題した講演を行なった。脳や遺伝子に関する研究が急速に発展している今日、自閉症スペクトラム障害の診断方法の研究も急成長している。東島氏の研究発表は、自閉症スペクトラム障害と診断された子どもを持つ母親50名へのインタビューによる研究が紹介された。母親たちが、主に出生前の時点での自閉症スペクトラム障害の診断に対してどのような期待や不安を抱いているのか、また診断後の「治療」について、どのような印象を抱いているのか等の質問に答えた。ここで注意すべき点は、現在、そのような診断方法は確立していないということである。私の個人的な関心は、今後の自閉症スペクトラム障害に関する診断の可能性やそのあり方だけではなく、他の出生前診断との関連性を考察する方向へと向いた。また、この発表は「自閉症スペクトラム障害とは何か」という疑問を再考するきっかけにもなった。
続いて、浦野茂氏が「社会生活技能訓練場面における発達障害:エスノメソドロジー的記述の試み」と題した研究発表を行った。浦野氏の研究報告は、発達障害者を対象とした社会生活技能訓練(SST)のケースを分析し、SSTの実践が発達障害の特性を考慮して行われているのかという疑問に答えようとするものだった。社会学者であり、エスノメソドロジーを使ってフィールドを研究している浦野氏は、E・ゴッフマンやJ・クルターらから影響を受けた「エコロジカル」な考え方を展開し、当事者とその障害を社会的環境との不可分な関係の中で捉えている。そして、精神医学的な知識やその知識を基にした精神療法の実践なども、このような社会的環境の一部を構成していると指摘した。浦野氏が行った質的研究の分析結果を聞きながら、SSTの有効性を疑問視できるように思った。そして今後の治療法についても、専門知だけに頼るのではなく、障害当事者の知を生かし、当事者独自の困難の多様性を語れる場所を作る必要があるように思う。
二人の講演後は、講演者と聴講者による積極的な議論が行われた。そこでは、発達障害者の世界観や、発達障害が哲学に投げかける難題が多く挙げられた。
報告:稲原美苗