梶谷真司「邂逅の記録42:「研究」でない哲学 ~ カフェフィロの松川絵里さんを迎えて」
2月5日(土)、関西を中心に哲学カフェを実践している大阪の「カフェフィロ」の副代表、松川絵里さんに来ていただいた。カフェフィロは、大阪大学臨床哲学研究室のメンバーが、哲学対話を推進するため、2001年に立ち上げた「哲学コミュニケーションKIKUMINI」を前身として、2005年に改組して活動を広げ、現在に至っている。
松川さんは、そこでファシリテーターとしてだけでなく、広報やメールマガジンの配信、依頼の受付、カフェの会場となる施設とも連絡など、組織運営の中核も担ってきた。そこで松川さんには、まず講演として、カフェフィロのこれまでの活動、様々な形で開催してきたカフェの様子、広報や運営のあり方や工夫、課題についてお話いただいた。
自分たちを哲学研究者ではなく、「てつがくやさん」と呼ぶ彼女たちの活動は、肩に力を入れず、どんな人にもオープンに語り合う場を生み出していくことに向けられている。街中のカフェのみならず、駅の構内のスペース、大学構内でも定期的に開いている。さらには駅の工事現場で「駅」について語ったり、公園で花見をしながら対話をしたり、というのもあった。テーマは哲学的であろうとなかろうと、誰もが一緒に考えられる身近な問題を取り上げる。それを哲学的に語り合えばいい。「哲学する」とは、松川さんによれば、「思考の吟味と反省」、すなわち、考えや発言の背後にある前提や根拠、そこに至る道筋を考え、明らかにすることである。この最も基本的な意味での哲学であれば、社会的立場や知識の有無にかかわらず、老若男女が一緒に対等に話し合える。それが哲学カフェの意義である。また、参加者が考えること、語り合うことの楽しさを知る、というのも哲学カフェの目的であるという。
こうしたカフェフィロの活動はきわめて多岐にわたる。カフェだけとってみても、いわゆる何かテーマを決めて対話するだけでなく、芸術や映画、本と組み合わせたり、また「オーダーメード」、すなわち依頼を受けての対話もある。小学校、中学校、高校で子どもとともに語り、人権センター、男女共同参画推進センター、国際交流センター、社会教育センター、まちづくりセンターなどの市民講座、病院や在宅ケアの組織のスタッフ研修を頼まれ、少年院や美術館に出向いたこともある。文字通り、子どもから大人まで、様々な立場、職業の人たちのために対話の空間を提供してきた。また、それを支える対話の技法や意義についての研究、ファシリテーションの講座や実践のサポートも行っている。さらに松川さんは、組織の構成、運営の方法についても詳しく説明して下さった。どうやって場所を確保し、人を育て、選び、派遣するか、対話をどのように進め、何に気を付けるべきか、どうやって活動を知ってもらい、どのように様々なところと協力していくか、等々。
松川さんの話を聞いて、カフェフィロが長年にわたる活動の中で蓄積してきたのは、まさに哲学対話という実践のための叡知であり、今後日本で広く共有されていくべき財産だということだ。そんな彼らがぜひ必要だと考えているのが、情報提供のためのメディア、情報収集するスタッフ、双方向的な交流のための場であるという。その後の議論で、ファシリテーターのコツ、スタイル、必要な資質、知識、カフェを運営していくうえでの問題点、課題、工夫などについてディスカッションを行った。
この日は、他にも哲学カフェなどのプラクティスに関わる人たちが多く来ており、今後、カフェフィロと協力して、活動、人材育成、広報など様々な面でお互い協力し合っていくことになった。カフェフィロが蒔いた種をまずは東京に芽吹かせ、育てていかなければならない。そしてそれをさらに日本全国に広げていければと思う。これは壮大な構想であるが、けっして絵空事ではない。それだけの手ごたえを感じた日だった。