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【報告】L2プロジェクト第9回研究会「感情と社会認知:メビウス症候群からの教訓」

2012.12.28 石原孝二, 稲原美苗, 飯島和樹, 共生のための障害の哲学

2012 年 12 月 20日,コペンハーゲン大学主観性研究センターの研究員 Dr Joel Krueger は,「感情と社会認知:メビウス症候群からの教訓」と題した講演を行った.

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クルーガー氏は,メビウス症候群に焦点を当てて講演を進めた.メビウス症候群とは,先天性の両側性顔面麻痺で,眼球運動や顔の表情を制御する脳神経の欠損あるいは未発達によって引き起こされる.メビウス症候群の患者は,表情をつくることができず,したがって,非言語的行動の特に重要な一形態を使用することができない.クルーガー氏は,社会的認知を促進する非明示的な身体的コミュニケーションの役割を探求するうえで,メビウス症候群は非常に意義のある機会を与えてくれると論じた.特に,メビウス症候群が教えてくれる,我々の情動的経験や他者の情動表現の知覚について考察を行った.また,非明示的な身体的コミュニケーションが個人間の理解を形成するうえで重要な役割を担っていることもメビウス症候群によって明らかになると示された.

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講演の前半で,クルーガー氏は,メビウス症候群患者の自伝や,ベル麻痺やボトックス注射などによって引き起こされるその他のタイプの表情の障害における情動経験の減退の報告などに言及しながら,ある種の身体的表現は情動そのものの一部を構成することを論じた.したがって,メビウス症候群は情動の減退を伴うが,時に彼らは眼球運動や,韻律,ボディランゲージといった代替的な表出表現を生み出すことによって,情動の一人称的質(emotional phenomenology) を再調整することがあるというのがクルーガー氏の主張である.

講演の後半では,メビウス症候群の事例によって,社会的認知における「カップリング過程」の役割についての二種類の概念化を区別することが可能になることを指摘した.二種類の概念化とは,強い相互作用説と穏健な相互作用説である.メビウス症候群者は,他者の顔面の表情を内的にシミュレーションする能力を欠いているため,身振りによるカップリングのための主要なチャンネルを奪われている.強い相互作用説によれば,メビウス症候群者は,社会的相互作用や,より一般的には個人間の理解を可能とする本質的な要件を欠いており,それによって,こうした領域における重い障害を示すとされる.クルーガー氏は,メビウス症候群患者は表情から他者の情動を検知することができることを示した認知科学における経験的証拠 (Bogart and Matsumoto, 2010) に基づき,こうした強い相互作用説の予測に異議を述べた.そして,メビウス症候群は,穏健な相互作用説に基づく社会相互作用と個人間理解における多元的モデルを採用する理由を説得的に与えると主張した.クルーガー氏によれば,模倣は,情動知覚の必要条件ではなく,社会的相互作用における動機づけ効果を持つものだという.クルーガー氏は,社会的相互作用におけるカップリング過程の探求は,個人における高次認知の探求を軽んじたり排除したりするものではなく,むしろ,そうした知見を深めるものでなければならないと結論づけた.

講演後,クルーガー氏と聴講者は活気ある議論を行った.彼の講演は,メビウス症候群患者の生活世界や,メビウス症候群が哲学に投げかける問いを理解するうえで,現象学的なアイディアを用いることがいかに重要かを示したものであった.

(報告:飯島和樹,稲原美苗)

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