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梶谷真司「邂逅の記録33: P4E(Philosophy for Everyone)への道(4)」

2012.12.19 梶谷真司, Philosophy for Everyone

《考えること、書くこと、自由になること》

山田ズーニーの『伝わる・揺さぶる!文章を書く』(PHP選書)という本は、新書版の小冊子である。この本との出会いは衝撃的だった。そこには私が探していたことがほとんどすべて詰まっていたと言っていい。
目次からしてすごい。目につく章や節にはこんなものがある──プロローグ「考えないという傷」、自分の立場を発見する、自分の頭でものを考える自由、考える方法が分かれば文章は書ける、機能する文章、他者の感覚を知る、根本思想(自分の根っこの想いに忠実か)・・・一瞬哲学書かと見まがうタイトル。 そう、考えないということは傷を負っていくことなのだ。考えることによって、人は立ち直り、立ち上がり、自由を手にする。根底にあるのは「考える方法」であり、それが「書く方法」、さらには「語る方法」につながる。しかもそこで重要なのは、書いたものが実際に「機能」すること、言い換えれば、意図したこと、達成すべき目標をきちんと実現することであり、そのために自分への忠実さと他者への配慮が求められる。そこに大学の勉強で必要なものと就職で必要なものの区別はない。生きるために必要なものだけがある。
これだけ「壮大」な話になると、抽象的で大雑把な文章論だと思うかもしれないが、この本がさらにすごいのは、徹底して実用的な点だ。後半の実践編で取り上げられるのは、「上司を説得する」「お願いの文章を書く」「議事録を書く」「志望理由を書く」「お詫びをする」「メールを書く」というシテュエーションである。別の本、『考えるシート』(講談社) の章・節のタイトルは 「相手とつながる」──お詫び、お願い、感謝、励まし、「自分とつながる」──自己紹介、自分を社会にデビューさせるための企画書、自分の悩みをはっきりさせる、「他者・外・社会とつながる」──志望理由書、レポート、小論文、会議を仕切る、みんなの前で話す、となっている。
ここから分かるように、「書く」ということで山田ズーニーさんが想定しているのは、大学のレポートや就活の書類のみならず、誰もが出くわす日常生活の様々な場面である。しかもそこには、シンプルかつ具体的なマニュアルがある。それは目的に応じて「問い」と「答え」を積み重ねることで「考え」を広げ、深め、形にすること、そのプロセスを明示化したものである。山田さんはもともとベネッセの通信教育「進研ゼミ」で、小論文を担当していた経歴をもつ。彼女の卓越したマニュアル作りの能力はそこで培われたのだろう。
「マニュアル」と言うと、安直な小手先の技術の紹介みたいに聞こえるかもしれない。実際マニュアルなるものは、多くの場合そうだろう。しかし、世の中には必要不可欠とさえ言える、頼るべきマニュアルがあるということを、私は初めて知った。そこには、文章を書くための思考の根本原理とそれに基づく着実なステップが明瞭に示されている。そしてそれに従うと、文章を書くのに、ある意味でより多くの時間と労力をかけることになるにちがいない。私たちは普段、十分考えないままに安易に文章を書きすぎている。それにブレーキをかけ、まず考えるように仕向ける。問いと答えを積み重ねる。それはかえって苦しみを増すことになるかもしれない。かつて私が就活の相談に来た学生にそうさせたように。けれどもそのことで、文章は確実によくなり、生き生きしたものになる。
この本に出会うことで、レポート・論文の書き方と就活用書類の書き方が基本的には同じものだという私の「漠然とした確信」は、明確な形をとった。そればかりではない。書くことは、結局、問うこと、考えることであり、要するに広い意味での──そして根本的な意味での──哲学と同義なのだ。そして「考える方法」を身につけることができれば、私たちは実際に自分自身の自由を手に入れることもできる。このことを理解して以来、私にとって教えること、学ぶことは、すべてこの意味での哲学となった。今にして思えば、それは、Philosophy for Everyoneへの大きな一歩であった。

(続く)

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