梶谷真司「邂逅の記録27:ワークショップ 「哲学をすべての人に」報告(1)」
先週の土曜日、11月3日にワークショップ「哲学をすべての人に(Philosophy for Everyone)」を行った。来場者は80人近くになり、予想をはるかに超える大盛況となった。ゲストは、河野哲也さん、土屋陽介さん、豊田光世さん、綿内真由美さんという、哲学教育の世界では、第一線にいる人たちである。その他、大阪カフェフィロの松川絵里さん、東京カフェフィロの廣井泉さん、鎌倉哲学カフェの堀田利恵子さん、サマーキャンプの取材に来てくださった雑誌『哲楽』の編集者田中紗織さんなど、その方面で活動している人たちも勢ぞろいしていた。中学高校の先生もいたし、一般からの参加者、主婦、定年退職後の人、学生も多かった。他にもまさに老若男女、アカデミズムの枠を超えたワークショップとなり、社会的な関心の広さに、会場にいたみなが驚いたであろう(私も驚いたが、大阪の松川さんは、入場制限しなくて大丈夫かと、むしろ心配していたらしい)。
私自身の趣旨説明については、後日また回を改めて述べるとして、まずは講演、ワークショップの中身の報告をしよう。
豊田さんは、現在兵庫県立大学で教鞭をとっておられる。もともとの専攻は分子生物学で、その後アメリカで環境思想を学び、ハワイのP4Cに日本人としていち早く触れ、それをコミュニティ作りに活用してきた。研究者などという小さな枠に収まらない、むしろ真のパイオニアと呼ぶにふさわしい人である。講演のテーマは、「コミュニティのための哲学」。佐渡島でトキを自然に戻すご自身のプロジェクトについてお話になった。4年間で50回近くも、島の中を巡る「移動談義所」なる形で、哲学対話を通して、住民との話し合い、住民どうしの話し合いを重ねてきたらしい。ほとんど「闘い」とも言える彼女の活動、その結果として徐々に変わっていく佐渡島のコミュニティと自然は、哲学教育がたんに教育の問題ではなく、日本の社会を再生させていくための強力な武器であることを知らしめてくれた。
後半は、河野さんと土屋さん、綿内さんによる、来場者全員参加の哲学対話の実践であった。実は私自身が彼らの授業を受けたいと思ってこの企画をしたこともあり、ここからの進行は、彼らに丸投げして、私も一参加者としてワークショップを体験した。
河野さんは、現在立教大学の教授で、現象学の研究者としても一流だが、そんな彼が哲学教育に本気で取り組んでいるというのは、それだけで重要なことである。哲学教育は、哲学の傍流などではなく、本流の一つなのだという強いメッセージになるからだ。
その彼は、普段授業でやっていることの一つ、「相互問答法」を行った。オスカー・ブルニフィエの子ども哲学の本、『よいこととわるいことって、なに?』『いっしょにいきるって、なに?』『人生って、何?』から「問い」を6つずつ、計18個出して、まずは全員で、そのうちのどれがいいか意見を言ってもらった。最終的に「しあわせっておもうのはどんなとき?」がテーマとして選ばれた。今度はそれを5人一組になって、一人5分ずつ、みんなでそのテーマでひたすら質問していく。5分経ったら次の人に交代。最初は、「美味しいものを食べた時」とか「リラックスした時」のように、具体的な場面が答えとして出てくるが、「それはどうして?」「それが幸せって、どこがいいの?」と問うていくと、わりとすぐに「他者とのつながり」「自分を超えたものの経験」のように、哲学的に見ても深い話に入っていく。こういうのを次々にやっていくのだから、かなり慌ただしい。しかし、それがかえって時間と思考を濃密なものにしてくれる。
(続く)