【報告】ディエーゴ・ザンカーニ「料理書、レセピー、健康指南:15世紀からの系譜」
2012年10月25日、東京大学駒場キャンパスにて、ディエーゴ・ザンカーニ氏(オックスフォード大学名誉教授)による講演「料理書、レセピー、健康指南:15世紀からの系譜」が行われた。 ザンカーニ氏は主にイタリア語の歴史や方言を研究しておられるが、今回はルネサンス期の料理書を扱い、「食と健康」に焦点を当ててイタリアの食の歴史を紹介するという、親しみすい内容の講演であった。
料理書をとおしてルネサンス期の味覚の変化を知ることに興味を持つザンカーニ氏の話は、特に医学と食べ物の関係、そして15〜16世紀のイタリア料理の起源を中心として進められた。氏が盛期ルネサンス時代を選んだのは、この時代に、画家が「職人」から「アーティスト」になったのと同じく、料理を作る過程もひとつの「アート」になったと考えているからである。
まず、食と健康の関係がヨーロッパでどのように考えられてきたのかが語られた。ヨーロッパでは、印刷技術が生まれるより早くから食に関する論文が存在しており、食と健康に対して並々ならぬ関心が持たれていた。ガレノスによって広められた四体液説に始まり、だんだんと食に対する医師や研究者たちの見解が多様化していき、17世紀までに化学的な見かたが優勢になっていったさまが、丁寧かつ簡潔に説明された。
そして、食に関する重要な論文および料理書が紹介された。ミケーレ・サヴォナローラ、バルトロメオ・サッキ、マッシモ・モンタナーリらによる著書の紹介には、イタリア料理の歴史に関する豆知識が加えられた。食材としてカメやカタツムリにまで言及されているのに馬肉は出てこないとか、fagiano(キジ)はfa sano(身体に良い)と音が似ているから雉肉は健康に良いという説があったという話が出ると、聴衆から笑い声があがった。また、花の天ぷらのレシピやトマトソースの起源など、身近ながら興味深い話が次々と語られ、講演会は始終和やかな雰囲気であった。
イタリア料理は日本でも人気が高いが、文献をとおしてその起源や理念を知ろうとする試みはなかなかない。ルネサンス期までさかのぼって食の起源をたどったこの講演は、ヨーロッパの文化の重要な一側面に触れる貴重な機会となった。(稲葉詩音)