梶谷真司「邂逅の記録24:ハワイ大学との共同夏季比較思想セミナー報告(15)」
《疑問が増えて終わる大切さ》
8月15日(水)続き
P4Cの見学から帰ってきて、私は午後最後の授業。近代の二元論的医学に対置される全体論医学として、『ヒポクラテス集成』と『黄帝内経素問』を、とくに季節ごとの養生の一節を手掛かりに比較した。そして同じ全体論と言っても、記述の仕方、重視するところがまったく異なっていることから、なぜそのような違いが出てくるのかみんなで考えた。その背後にある西洋と東洋の思考法の違い、さらに文化的・社会的次元などに話を広げ、医療において自明に思われていること、正しいとされることに、いかに様々な要因が絡んでいるか──答えのない議論をたくさんした。授業を受けた人がより混乱し、分からないこと、考えるべきことが増えたのなら、それが一番いい。参加した人たちも、そう思ってくれていれば、それ以上望むことはない。
自分の授業をすべて終え、一つの山を越えたような達成感と爽快感がある。始める前に山の向こう側に期待した景色も見ることができた気がする。しかし、とりあえず、ちょっと疲れた。
8月16日(木)
午前中は石田先生のレクチャー。この共同セミナーで最後の授業である。引き続き純粋経験についての講義。今日は generality と individuality の関連についてと、いよいよ「善」についてであった。石田先生の授業は、毎回テーマは純粋経験であっても、取り上げる角度、関連づける他の思想や概念によって、どんどん理解が深まり、今日も普通に参加者としていろいろ質問させてもらった。最後のほうに再び荘子との比較がなされ、中島先生から the individual と an individual の層との相互関係が問題なのではないかという意見が出た。不特定の個体と特定の個体という区別も面白いが、そこに規範性がどう関わり、西田の言う「善」がどう捉えなおされるのか・・・一気に疑問が倍増した。
おそらく参加者たちもそうだと思うが、今回のセミナーによって、本当に多くの刺激、疑問、課題をたくさん受け取った。これだけ高い密度で連日思考を巡らせたのは久しぶりか、もしくは人生で初めてだろう。今日の午後は学生たちのプレゼンで、何人かの参加者が同じような感想を述べていた。東大からも、田村さん、芮雪さん、文君が発表し、それぞれよく頑張った。新たな問いを得て、それを力にしてほしい。
疑問が増えて終わる──これが大切なのだ。
8月17日(金)
今日が最終日である。午前中から学生のプレゼンテーション。東大からは神戸さん、崎濱さん、高山さん、川瀬君が発表をした。みなそれぞれに、このセミナーで扱ったことを受け止め、自分の関心、研究と結び付けて話をしていた。昨日発表した学生も含め、こういう姿を見ていると、さすがだな、と思う。You are all perfect! と言ってあげたい(実際そう言ってあげた)。もちろんまだまだ足りないところ、問題はいくらでもある。それでもやはりperfectなのだ──「どれだけ悪があっても、この世はやはり善なのだ」という荘子的世界の如く。
全員の発表が終わり、全体を通して非常にいい雰囲気のなかでセミナーが終わった。夜は、テラスから遠くに海を臨むエイムズ先生の自宅でパーティをしていただいた。奥さんと息子さん二人がプロ顔負けの腕前で料理をいろいろ作ってくださり、みんなでそれを堪能しながら歓談し、最後の時を過ごした。これが新しい始まりなんだ、というのがみなの共通の思いだろう。
【謝意】
今回のような国際的な共同セミナーの試みは、おそらく稀有のことであり、少なくとも哲学の分野では前例がなく、もちろんハワイ大、東大の双方にとって初めてのことであった。そのため解決しなければならない様々な問題もあり、まさしく暗中模索の連続であった。今回はハワイで開催するため、ハワイ大学のほうでは、とりわけ多くの労苦があったものと推察される。また、ハワイに来てからも、セミナーがこれほど順調に進んだのも、ハワイ大学のエイムズ先生、石田先生の多方面にわたる細かい配慮と多大な尽力のおかげである。教員・学生一同、心より感謝申し上げたい。
プログラムを終えた今、強く感じているのは、このようにお互いに強い信頼関係で結ばれた志を同じくする者が協力して、ある程度の期間、時間と空間を共有して──学生も教員も──共に学ぶ場をもつ大切さである。ただ資金を使って海外へ人を送るのではなく、また、学会のように数日のイベント的な場でただ発表するだけでは、一時的な交流・体験にすぎず、研究と教育の継続的な発展は望めない。その意味でも、今回ハワイ大学との間でその土台を作ることができたのは、それだけでも大きな意味がある。
最後に報告を締めくくるにあたり、UTCPおよびこの共同セミナーに支援していただいたことに対し、教員・学生を代表して、上廣倫理財団に改めて心から謝意を表する次第である。