東京大学-ハワイ大学夏季比較哲学セミナ―準備会(3)
2012年7月8日、比較哲学セミナーの3回目の準備会が、駒場キャンパスにて行われた。今回も前回に引き続き、梶谷真司先生の論文を題材に、英語でディスカッションを行った。今回の論文は「江戸時代における身体観の変化とその哲学的意義――蘭医方以前と以後の育児書を手掛かりにして――」。以下に見るように、現象学的な身体観を、江戸時代の日本の育児書を手掛かりにあらためて相対化していくという論旨であった。
第2回の準備会で、「我々が生きる現実をどのように捉えるべきか」という梶谷氏の根源的な問いが確認されたが、それはこの論文にも通底している。現象学は、「事象そのもの」に即して考察することにより、西洋近代哲学の抱えた諸問題を克服してきたとされている。とりわけ人間観に関しては、現象学が我々の生きる現実の分析から、単なる物体ではない「身体」の特性を明らかにし、心身二元論を克服したと考えられている。しかし、これに対して梶谷氏は、そのような現象学的身体観は、未だ「事象そのもの」、つまり我々が生きる(身体の)現実そのものと考えるには、不十分であると主張する。その際根拠となるのが、江戸時代の育児書に現れる身体観である。具体的には、まず、西洋近代医学の移入以前(香月牛山『小児必用養育草』)と以後(桑田立斎『愛育茶譚』)で、身体観がどのように変化したのかを明らかにする。その上で、西洋近代的な見方の影響を強く受けた後者の身体観と、西洋近代的な見方を克服したはずの現象学的身体観が、内容的にはむしろ類似したものであることを指摘する。現象学的身体観は結局のところ、自らが克服したはずの西洋近代哲学の図式を皮肉にも継承しており、たとえば牛山が捉えていたような(少なくとも西洋近代医学移入以前の日本においてはあったはずの)身体の現実の一側面を、見落としているということになる。
準備会で我々の議論となったのは、現象学的身体観は、たとえ我々の生きる現実そのもの(あるいは江戸時代の人々が生きた現実そのもの)を捉えられていないにしても、いまのところより有効な現実の「解釈」なのではないか、ということであった。牛山は、身体/世界や、自己の身体/他者の身体の境界をきわめて弱く捉える論、たとえば乳母の性格が乳を通じて乳児の性格に影響するといった論を展開する。このような江戸中期の論は、現代の我々から見ると、可能な身体解釈のひとつというよりも、端的な「誤り」に見える。そのような身体観は、本当に現実の一側面を捉えているのだろうか。牛山よりも、立斎の身体観や現象学的身体観の方が、たとえ不十分であるにせよ、まだましに現実を捉えていると言えないだろうか。
この点については、別の機会に梶谷氏から応答をいただいた。応答を私なりに理解したところでは、重要なのは、その論が万人に共通するようなものかということではなく、時代や場所が限られていたとしても、そういった「現実」を生きた人々がいる、ということなのだ。そして近代科学が定着したとされる 現代の諸国・諸文化圏でも、それぞれの人々が少しずつ異なる「現実」を生きている。その現実は、普遍的ではないが、しかし何でもありというような、全く個別的で相対的なものでもない。特定の枠組みに照らしてしまえば理不尽な、しかし我々にとっては確かにそれを生きているところの「現実」に寄り添おうとしたと き、何か別の見方ができるのではないか。このようなことが、議論の主眼であるとのことだった。この「我々の生きる現実」という観点については、ハワイ大学に場を移し、継続して議論を深めていきたい。
上記の点に関連して、今回痛感したことは、「比較哲学」を行うことの困難さであった。西洋の心身二元論の構図と、儒学の構図(たとえば理気二元論ないし気一元論)は、そもそも(その構図を採用する上での)動機や問題意識が共通しているとはいいがたい。 それゆえ、その両者の関係性や、また梶谷氏の問題意識との関係を、見失うことが多々あった。
そもそも論文を読むということ自体が常に、筆者と読者の間での、観点や問題意識の比較であり、擦り合わせである。また、哲学の論文を書くという作業も、筆者と対象となる哲学者との、比較を要請する。それが殊に「比較哲学の論文を読む」ということになると、比較し擦り合わせていくべき項が、4つにも5つにも増えていくことになる。それぞれの問題意識がどこで交差しているのか、より注意深く吟味する必要があると感じた。比較哲学セミナーへの準備として、参加者にとってはよい教訓となったと思う。
(報告:神戸和佳子)