梶谷真司「邂逅の記録6:国際哲学オリンピック2012 オスロ大会 視察報告(5)」
5月17日(木) 異なる社会、同じ目標
今日は午前中、哲学教育についての意見交換会があった。各国の状況は、制度的なバックアップがあったりなかったり、意識の高い教員が多かったり少なかったり、社会的な条件はいろいろと違う。けれども、子供たちに自ら問い、考えることの大切さ、そのための方法を教えることに主眼を置いている点は、ほとんどの国で共通している。それも、とくに複雑化する社会、グローバル化に伴う多文化共生において必要な素養として位置づけられている。そういう切実なニーズがあっての哲学教育は、専門的な哲学研究とは違った、見ようによってはずっと重要な社会的意義がある。どの国の先生たちも、子供の教育にかける熱意と使命感を強くもっていて、とても活発かつ真剣に話をしていた。また、UNESCOが主導して、哲学教育のために多言語で哲学の古典のテキストを公開しているというのも、この分野の広がりと深さを示していると言える。
(Cf. World Digital Library: http://www.wdl.org/en/)
意見交換会の後は、憲法記念日のパレードを見に街に繰り出した。ノルウェーで憲法記念日は、建国記念日のようなものであり、もっとも重要な祝日の一つで、国王も出席するセレモニーがある。老若男女を問わず、多くの人が伝統衣装を身にまとい、ブラスバンドとともに子供たちが行進する。ただ、人出は多く、にぎやかな雰囲気ではあるが、音楽を除けば、バカ騒ぎをするような人はおらず、いわゆる「お祭り騒ぎ」ではない。いたって静かな祭りだ。特にこれと言ったイベントがあるわけでもなく、私たちはただ街中を歩いてホテルに戻った。
午後は、2時から食事で、そのあと高校生たちはいよいよ本番。4時間与えられて、エッセイを書く。課題文として今回出たのは、①柳宗元が王羲之の蘭亭序について書いたもの、②ハンナ・アーレントの悪についての言葉、③ピーター・シンガーのアニマル・ライツの関する文章、④セクトゥス・エンピリクスの現象と基体、判断との連関についての一節。このうち一つを選んで、それについてエッセイを書くわけである。語学の辞書のみ、使用が許可されている。あとは自分の頭だけが頼りという“競技”である。
詳しくはこちら→ http://ipo2012.no/?page_id=525
高校生たちがエッセイを書いている部屋の前をたまたま通りがかったが、各自がコンピューターに向かって、黙々と書いていた。教員のほうでは、その間にオスロ大学の先生の講演があり、続いて委員会が開かれ、運営に関して様々な議論があった。まだ規模が小さいこともあるが、非常にオープンでパーソナルな雰囲気で運営されているのがいい。お互いを常にファーストネームで呼び合うのもその表れだろう。
明日はいよいよ審査。教員にとっての本番である。
“競技”を終えた日本代表の笠井君と中村さん