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東京大学-ハワイ大学夏季比較哲学セミナ―準備会(1)

2012.06.29 文景楠, 東西哲学の対話的実践

この夏、東京大学とハワイ大学による共同の比較哲学セミナ―がハワイで開催される予定です。そのための準備会第一回が6月23日に東京大学駒場キャンパスで行われました。

来る7月から8月にかけて3週間ハワイ大学マノア校で行われる夏季セミナーでは、両大学の教員による授業が中心となる予定ですが、このセミナーは同時にUTCPがその目標の一つとしている海外の学者と疎通できる若手研究者の育成事業の一環でもあり、その意味では、UTCPとしての活動はこの(内輪向けの小さな)準備会においてもすでに始まっているといえます。準備会の模様を伝えるためのこの記事では、学術的な成果を見通しよくまとまった形で報告することはできませんが、海外の研究者と疎通するための教育活動をUTCPとして行なっている現場を知るためのレポートとして一読いただければ幸いです。

夏季セミナーで論じられる予定の題材の一つに、西田幾多郎を代表とする京都学派の哲学があります。今回の準備会では、セミナーで講師を務められる予定の石田正人先生(ハワイ大学マノア校哲学部)の論文「西田、ジェイムズ、パースの比較試論:『善の研究』における論理的なるもの」を題材に、英語でディスカッションを行いました。

石田論文の主張は、従来ジェイムズとの関連という見通しのもとで多くの研究が行われてきた初期西田の哲学に、実はジェイムズの多元論的な哲学よりも、一元論的なパースの哲学との類似性が強く認められるというものです。様々なテキスト上の根拠をもとに、三者三様の仕方で用いられている「純粋経験」や「現象」といった概念の相互関係を明らかにし、西田の場合、純粋経験は従来そう理解されてきたような心理学的な規定であるというより、(いわゆる現代の記号論理学とは異なった、パース哲学におけるような意味での)論理的規定であるという結論に至ります。

参加者には西田哲学やアメリカのプラグマティズムを専門にする人はいませんでしたが、議論は各自の関心から活発に行われました。石田論文を理解する上で参加者が軸としたのは、現代の我々がもつ考え方と石田論文で示された西田やジェイムズ、パースの哲学がそれぞれどのような関係にあるのかという問題です。かりに心的なものと物的なもの、規範的なものと自然的なものが共存するように見えるという二元論的な世界観をまず前提し、それを肯定したり否定・改変したりすることが現代の我々の思考の範型だとすれば、西田・パースの一元論やジェイムズの多元論もまたそれに対置される存在論的主張として理解することができます。一元論や多元論が二元論が有している問題を解消するようなものなのかという点については未だに議論の余地があると思いましたが、プラグマティズムの伝統を考慮した上で西田哲学とパースやジェイムズの距離を精査するという石田論文の論述からは、比較哲学を行うための一つのスタイルを学ぶことができたように思います。

石田論文とそこで論じられている哲学者の哲学に対する上の理解が適切なものかはさておき、ハワイでのセミナーの準備会としての集まりをこの度企画したことから何を感じたのかをまとめてみたいと思います。

まずは英語力に関してです。だいたい上述のような議論を英語を用いて行ったわけですが、いわゆる英語のネイティヴ・スピーカーは誰もいない状況であえて日本語を用いず英語を使用してディスカッションするということには、様々な制約が伴われるということを改めて認識しました。きちんとした外国語の文章で論理的な思考を伝えるためには時間も労力もかかります。考えている内容があり、それを伝えようとする意欲があるということは当然の前提ですが、外国語なりに(無理に流暢さを求めず)簡潔に意思疎通をすることを今後は意識的に訓練して行こうと思います。

次には比較哲学をするという作業そのものに関してです。西田とジェイムズ及びパースは、時代的な距離も近く直接的な影響もあるために比較的それぞれの哲学を論じるための述語を合わせることが容易だったという点もあり、かつ石田論文の簡明な記述にも助けられたので、直接中国の古典と西洋哲学の古典を付きあわせて読む場合に感じるようなもどかしさにぶつかることは少なかったように思えます。逆に気になるのは、上のような理解の仕方で西田の思考の特性を十分に取り出すことができたのかという点です。その点に関しては、石田論文でもパースとの違いを今後はさらに注目してゆく必要があるという言及がありましたが、強引に日本的・東洋的なものを捏造することは控えるとしても、西洋哲学由来の様々な述語を使って西田の哲学を規定してゆくことですり落ちてゆくものがあるのではないかという懸念に今後も向きあってゆく必要があるでしょう。

初回としては思った以上に積極的な議論が行われ、今後の方向性を考えるための課題も多く得ることのできた集まりだったと思います。7月末の出発までもう数回準備会を行う予定ですが、その模様もご報告差し上げる予定ですので、ぜひともご覧いただければ幸いです。

(報告:文景楠)

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